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はっけん!面白制度

第28回: 旅する会社【デジタルステージ】

(2008/11/25 火曜日)

旅する会社【デジタルステージ】

時間と空間とプロセスを共有しよう

日本、世界へと旅する合宿制度

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株式会社デジタルステージ
所在地/東京都世田谷区代沢5-17-12
設立/1998年11月16日
従業員数/19名
資本金/3000万円

株式会社デジタルステージ

LiFE* with PhotoCinema」や「motion dive」など、オリジナリティのあるパソコンソフトを企画・制作・販売するソフトウェア企業。創立以来、自社制作のソフトウェアはすべてグッドデザイン賞を受賞。2002年にはソフトウェアで初の大賞ノミネートを果たす。

ネットで検索しているときに偶然、「旅する会社」というのを発見。調べでみたところ、デジタルステージという会社に行きつきました。2006年に、同社が出版した書籍のタイトルが「旅する会社」。その中に同社が当時やっていた「合宿」の話題が出てきます。ブラジル、屋久島、京都、福岡、イギリス、石垣島、サンフランシスコと1年中、国内外を転々とする開発合宿。「旅する会社」という名称は、その合宿に由来しています。そこで、今回はその「合宿」についてお伺いしました。

―いつぐらいから、「合宿」を会社の仕組みに取り入れたんですか?

平野氏:合宿に行くようになったのは、ここ数年ですね。今年で創業10年になりますが、もともとはタコ部屋みたいなところで会社をスタートしました。徐々に会社形態になってきたわけですが、ソフトも3本4本出してくるとパターンも見えはじめ、それが次のチャレンジの邪魔をするようになってきました。そのことに息苦しさを感じたし、何か変化が必要だなと思いはじめたことがきっかけです。

場所を変えて合宿に行くと、頭が切り替わるんですよ。日常の生活をすべて捨てて行くわけですから、逃げ場はないし。一緒に悩み模索するプロセスを共有体験していくと、何かが通じあってくるんです。ひとつの議題で答えが出ないのも一緒だし、答えが出た瞬間も一緒だし。その経験は、合宿のように一連の時間を共有する中でしか得られません。

―どれくらいの期間、行くのでしょうか?

平野氏:最初のころは、3ヵ月ぐらい行っていました。4年ぐらい前ですね。マンションを何部屋も借りて、ほとんど住んでいると言ってもいいような状態で。

ただ会社をそれだけ留守にすると、戻ってきたときに、他の人の会社のように感じたりするわけですよ(笑)。ほかにもいろいろと不都合があり、これではダメだー!っと、それからは、1ヵ月、2週間と徐々に短くなり、いまベストとされているのは1週間ですね。3日はちょっと短くてダメですね。

―合宿の目的は、ひとつのサービスをつくりきっちゃうところまで?ゴールは決めているんですか?

そこは迷走です。決まったやり方がみつかっていないんです。何も準備せずに合宿に行って、成果が説明できない状態で帰ってくることも結構あるし、作業を事前に決めていってやるだけということもあります。

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―行く場所はどのように決まるのでしょうか。

その決定権は僕にありますが、場所はさまざまですね。ただ南にはいかないほうがいい。なぜって、リゾートには誘惑が多いし、仕事に集中できない。ということは、僕がストレスを感じるんですね。僕は合宿に行く時は本気なので、参加メンバーには遊ばずに取り組んでほしい。だけど遊びたいと思っている人を遊ばせないことほど、精神的につらいことはなくて(笑)。

だから石垣島で合宿をしたときが、僕は一番しんどかった。まわりは一番面白かったって言ってますけどね。青い空に白い砂浜、その近くに建っている白いおしゃれなカフェやデッキで、そわそわするメンバーに向かって「お前らちゃんとやれ!」って言うわけですよ。

逆に合宿地としていいのは、本屋があって、カフェがあって、自転車で移動ができる場所。京都とか、福岡とかは最高ですね。

本屋が必要な理由は、考えて考えて悩むときに本屋に行くと、そのときの人間の検索能力はすごくて、漠然と陳列された膨大な本の中から、どんぴしゃの一冊を必ず見つけるんですよ。バラバラにみんなが歩いていても、同じところで止まるんですよ。で、その一冊との出会いが何日も悩んでいた問題の答えが出たりする。だから、ある程度のいい本屋があるところ。ジャンルは問いません。

カフェや自転車移動を勧めるのにもまじめな理由があって、まず移動できる、っていうこと。そして、チームに分けて分科会ができるっていうのが大事なんです。それから、気分転換できるので、カフェはできるだけあるところがいいです。

それから、京都のような中都市や地方都市がいい理由がもうひとつあります。巨大な東京に比べると、街全体がセレクトショップ化しています。いいものだけがピックアップされて、しかも集中している。東京なら何駅も行くところが、自転車で行けるわけです。そしてお店のサイズも東京より小さいから、必然的に集まる。ですから、東京で合宿をやるよりも、地方の方がヒット率が高いんですね。

―人数的には、何人ぐらいで行くのでしょうか?

平野氏:6〜8人ですね。8人以上になると、レジュメを用意して、僕が全員に何かを教えるセミナーのようになってしまって、一緒に模索するのは難しくなります。ベストは6人だったと思います。ファミレスの1個のテーブルにちょうど収まるぐらい。

―実際にその合宿で何か劇的な10年の分岐点になるようなものは生まれていますか?それとも、つくるよりも意識の共有が目的?

平野氏:毎回すごいものが生まれていますよ。ものではなく、「ひとこと」だったりもするのですが。

たとえば、「LiFE with PhotoCinema」という、デジカメで撮った写真を入れるだけで映画のように見れるソフトがありますが、これは合宿に行く前までは、単なる『映像制作ソフト』だと思っていたんですね。そう考えて制作していた。

ですから、写真から映像をつくれる機能をたくさん搭載して、高度なスライドショーをつくっていました。でも、すごくよさそうなのものなのに、何かが違う。俺たちは似て非なるものをつくっていないか?と思い始めて、「その答えを出さなきゃ帰っちゃダメ合宿」っていうのをやったんです。

そこで思い浮かんだのは、“このソフトウェアは、「写真から映像を作成するもの」ではなく、「思い出を再生してあげるもの」だ”ということでした。「写真が映画みたいになったらステキだよね」、って。そこからは、もう数分でどんどんアイデアが出てきますよ。要は、言い方を見つけるのが最大の難関であり、肝なんです。これは、スライドショーではなく、フォトシネマという新しい映像のコンセプトを伝えるためのソフトであると。そして、フォトシネマつくったら、あげたくなるよね。あげるときにラッピングできたらいいよね。誕生日とか、結婚式とか・・・っていう感じで、どんどん出てくる。つまり、そういう写真の新しい楽しみ方を提案するためのプロジェクトなんだ、ってわかってくる。

ソフトをつくるときには、このように言語化が先ですね。これが決まると捨て方もわかるので。機能の減らし方とか。

合宿ではこのように大事なものが生まれています。

―「旅する会社」とありますが、どれぐらいの頻度で合宿に出かけるのですか?

実はここ1年間は行ってないんですよ。でも4年前とか3年前は、年に4、5回はいっていましたね。ブラジルでスタートして、石垣島、サンフランシスコ、屋久島と世界各地をまわりました。

―いま、合宿を停止している理由は?

合宿に行くことで、プロジェクトがすごく前に進んでいるって僕は思っていたんですよ。もちろん進んでいるんですけど、僕個人的には、実は合宿に行く前に僕の中で答えが出ているのに、みんなと思考を共有して気づかせたいっていう気持ちが7割ぐらいあり、そのために膨大な時間を使って合宿をやっていたことに、客観的に気づいてしまいまして。

僕は無意識だったんですが、創業時からいっしょにやっているプログラマーに指摘されて気づきました。だったら、これが答え!って最初から言えばいいと、合宿行かなくてもいいのでは?という話になり、この1年は行ってません。ただプロセスや時間、空間を共有するというところでは合宿も有意義です。次行くとしたら、違うやり方で行きますね。一方で、もっといいプロセスの共有の方法、次は何ができるだろうと考えています。合宿がすばらしいのは、環境を変えてルーチンワークから解かれることで、元々抱えていた問題や後回しにしてきた問題に真正面から向き合えることです。また、社内で毎日夢を語り合うことはムリでも、合宿中ならばそれぞれの夢や一緒にいる意味について語り合える。露天風呂とかはもう効果絶大です(笑)。

でも、そうした「素敵な思い出」も時間が経てば薄れてしまいます。だから、最終的には会社全体の成長まで結びつかないんです。全体としてよくなっていくためには、合宿に加えて、日々の環境づくりが大事だと思いました。そこでいま取り組んでいるのは、暖かみのある環境に身を置くこと。そこで、10月に下北沢の一軒家にオフィスを移転しました。

―合宿は次やるとしたら?

1週間で成功体験をみんなで味わえるようなものにしようと。悩むだけではなくて、1週間でちゃんと答えが出るものですね。それぞれが1週間終わって、わたし成長できた!って言えるような。

日々のルーティンから抜け出せることは、仕事に対してやる気があれば、絶対に面白いと思っているんです。業務がつつがなくうまくいくよりは、業務を重視して心が動かなくなるよりは、摩擦を少なくするよりは、働いている本人たちが面白い、と思えるものを用意したいと僕はいつも思っています。

【コラム】デジタルステージの土台をつくった演劇

―事業をはじめられた経緯を教えてください。

僕自身は、起業するとか経営者になりたいとか、そういうことは一切なく、自分自身で何かモノづくりをしたいと思っていただけなんです。大学時代には演劇や音楽や脚本とかアナログなことばかりをやっていました。当時、坂本龍一さんの大ファンで、坂本龍一さんと仕事をするためには、どうしたらいいかと考え、その結果辿りついたのが、デジタルだったんです。

そこで、手当たり次第デジタルのことだったら何でもやってみました。ゲーム、DTP、CD-ROM、できる?って聞かれたら、できますできますって言って、仕事をもらって、という大学時代を過ごしました。

そのあと下北沢のアパートに引っ越して、高校の時の芝居の仲間と、PCの仕事を始めたんです。そうしているうちに、鴻上尚史が主宰する「劇団第三舞台」などをもつ、株式会社サードステージという会社の方にお会いして、お前がやりたいのは芝居と一緒だよな、って言われたんですよ。俺は美術さんとか役者とか集めて演劇をやっているわけだけど、お前は似たようなもんで、電脳舞台やりたいんだろう?と。役者の代わりにプログラマーが欲しいんだろう、と。それだったら一緒にやろうと誘われて、その会社にアーティスト契約で入ったんです。そしてその劇団のデジタル部門として仕事をスタートしました。

そして、スタッフを集めるわけですが。スタッフと言っても、プログラマーが役者、デザイナーが演出家だったりとか。舞台があるときはいなくなっちゃうんですよ。数か月とか普通に休んだりとか(笑)。

当時は、演劇になぞろうっていうコンセプトでやってました。「会議をしよう」ではなく、「座組みしよう」って。ソフト初めて出した時には早稲田講堂だな、サンシャイン劇場まではあとどれぐらいで行くとか。あ、芝居小屋で規模を言ううんですね、芝居では。こんなふうに全部、演劇用語だったんです。

―演劇をするのと、ソフトをつくるのは似ているんですか?

基本は似ていますね。僕らのソフトを買って使っている人がどんな風に時間を過ごすのだろう、どんなことに気づくんだろう、それはエンターテインメントだと思っています。ソフトの形を借りたエンターテインメント。とにかく感動させるためには、どうしたらいいのか?そのための機能はなんだ?と考えていく。たとえば、これはソフトだけじゃだめで、中に本を入れて、ちゃんとストーリーを伝えなくちゃいけないよね。じゃあ中に本を入れようかっていうことが決まります。パッケージをつくるのは舞台技術と似ていたりとか。全部のストーリーとシナリオをどう組み上げていくかを考えるというところでは、似ていると思いますね。

―そこにデジタルステージの原点があるんですね。

会社っぽくなるのがいやなんですよ。だから合宿をやりたくなったんです(笑)

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株式会社 デジタルステージ
代表取締役
平野友康(ひらの ともやす)

1995年、サードステージに入社し、そのデジタルコンテンツ部門として業務をスタート。1998年にはそこから独立をして、株式会社デジタルステージを設立。最近では、ウェブ制作ソフト「BiND for WebLiFE」、「ID for WebLiFE」を手がけ、ウェブの世界に新たな概念を打ち出した。



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