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部分最適から全体最適へ

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経営テクノ研究所
2013年12月2日第1・3週月曜日発行
発行人:舘 義之http://www9.plala.or.jp/keiei-techno/
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★★経営のパートナー★★経営学で企業を再生する
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<目次>
★部分最適から全体最適へ
★ちょっと苦言:管鮑(かんぽう)の交わり
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★部分最適から全体最適へ
1.ISOとは何か
 経済活動がグローバル化してくると、製品やサービスの規格統一が必要に
なます。1987年に、ISO(国際標準化機構)が制定したISO
(International Standardization for Organization)9000シリーズ
は、品質保証規格であり、事業所の品質管理システムを検査するものです。

 ISOは、法的な強制力はありませんが、事実上の世界標準となっていま
す。輸出産業にとって、ISOの認証を得ることは急務といえます。

 なお、1995年に制定されたISO14000シリーズは、企業が地球
環境保護の観点から環境負荷を低減させるための環境関連規格で、生産やサ
ービスなどで環境対策が行われているかどうかを検査する世界共通基準です。

2.ISO9000からTQMへ 
 品質、それは顧客に対し製品やサービスのすべてを価値づけることですか
ら、どんな業種でも、厳しい品質の上にたってこそ繁栄するといっても過言
ではありません。

 品質システムの構築は、
●まず統計的品質管理(Statistical Quality Control=SQC)に始ま   
 り、
総合的品質管理(Total Quality Control=TQC)や
●QCサークル(小集団活動)へと進化してきました。
●そして、さらにISO9000シリーズから
●総合的品質経営(Total Quality Management=TQM)へと進化して
きたのです。

 TQMのシステムは、次のような内容を構築するものです。
(1)製品・サービスのQCD(品質・コスト・納期)の維持と改善+企業・   
   組織の質向上
(2)品質=TQM顧客満足度+利害関係者満足
(3)プロセスの上流・源流での活動の重視
(4)目的志向の行動様式・結果の深い分析と幅広い改善
(5)ISO9001品質マネジメントシステム(Quality Management
System=QMS)の効率向上
(6)組織能力(技術力・対応力・活力)の向上
(7)尊敬され存在感のある企業の実現         

 SQCやTQCQCサークルは、部分最適を実現させるための手段である
のに対して、ISO9000シリーズやTQM、あるいはISO14000
シリーズは、全体最適を実現させるシステムであるといえます。

3.全体最適にはバランス・スコアカードが最適
 日本経済が低迷している原因は、多くの企業が部分最適を実現させる仕組
みを維持し、全体最適を実現させることができないからだと言われています。

 全体最適を実現させる経営システムは、バランス・スコアカードの考え方
が参考になります。

 バランス・スコアカードとは、経営ビジョンを実現するために、
(1)顧客の視点
(2)業務プロセスの視点
(3)人材と変革の視点
(4)財務の視点
から未来志向の戦略プログラムを構築するものです。

 バランス・スコアカードの仕組みでは、目的に対してバランスカードで、
目標はスコアカードでブレークダウンしていきます。     
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★ちょっと苦言:管鮑(かんぽう)の交わり 管鮑(かんぽう)の交わりと
は、管仲(かんちゅう)鮑叔牙(ほうしゅくが)の交際のことで、互いに心
を知り合い、利害によってかかわることのない親密な交わりのたとえを言い
ます。

 唐の詩聖杜甫(とほ)の詩に「手を翻(ひるがえ)せば雲おこり手を覆
(おお)えば雨ふる。紛々(ふんふん)たる軽薄なんぞ数うるを須(もち)
いん。君見ずや管鮑貧時の交わり、此の道今人棄てて土の如し(義理人情が
すたれた今の時代では堅い交わりを結んだはずの友人でも、ふとしたはずみ
で気がかわって全く話にならない軽薄さだ。今の人たちも少しは昔の管仲と
鮑叔牙の間のような貧富常に変わらぬ交友ぶりを見習うがよい)」と言うも
のがあります。

 「管鮑の交」は、この「管鮑貧時の交」からでたもので、史記(しき)や
列子(れつし)によると、二人は春秋時代の斉(せい)の人で、若い頃から
無二の親交を結びましたが、管仲は召忽(しょうこつ)と共に斉の公子糾
(こうしきゅう)に仕え鮑叔牙はその弟にあたる公子小白(こうししょうは
く)に仕えていたため、二公子の父の襄公(じょうこう)が死ぬと、国君の
地位を争う二公子のたる敵味方になってしまいました。そして糾を位につけ
るために、管仲は一時小白の命をねらいましたが成功せず、小白が地位につ
いたのです。これが名高い桓公(かんこう)です。

 糾は魯(ろ)に亡命したが桓公の要求によって殺され、管仲と召忽は斉に
護送されることになりましたが召忽は自殺したのです。ただ管仲だけは捕ら
えられて送られてきました。

 このとき叔牙は昔の友情を忘れず、桓公に管仲の命乞いをして、天下をと
るなら彼を重く用いるべきだと進言したのです。そこで桓公はかって自分の
命をねらった罪を許し管仲を用いました。これから管仲が大いに手腕を発揮
して仕えたので、のち桓公は春秋随一の覇者と呼ばれるほどになったのです。 

後年、管仲は鮑叔牙に対する感謝の心を、「私はまだ若くて貧乏だったこ
ろ鮑と一緒に商売をしたことがあるが、その利益の分け前をいつも彼より多
くとった。しかし、彼は私を欲張りとは言わなかった。私が貧乏であること
を理解していたからだ。

 また、彼のためと思ってしてやったことが失敗して、彼をいっそう苦しい
境遇に追い込んだこともあったが、私を愚か者だとは言わなかった。事には
あたりはずれがあることを理解していてくれたからだ

 また、私は何度も主君に仕えては首になったが、彼は私を能無しだとはそ
しらなかった。戦いのときにも何度も敗れてにげだしたことがあるが、彼は
私を卑怯だとそそりはしなかった。私に年取った母がいることを知っていた
からだ。

 また、糾が敗れて召忽が自殺したとき、私だけが縄目の恥をうけたが、彼
は恥知らずと非難しなかった。私が小事にこだわらず天下に功名のあらわれ
ぬことだけを恥としていることを理解していてくれたからだ。

 私を生んでくれたものは父母だが、私を知ってくれたのは鮑叔牙だ」と語
っています。

 今の世に、これほどの友人をもつことのできる者がはたしているでしょう
か。人は、いついかなる時に、いかなる境遇になるかわからないという不安
があります。それにこの不安は執拗につきまとうもので、そのような時、自
分の背後に力強い友人関係があるということは心強いものです。

1.長続きする善き友をつくれ
 お釈迦様は、「朝、陽の出づるにあたっては、まず東の空から明るくなっ
てくる。それは陽の昇る兆しである。それと同じように、善きことをなすと
きにも、その兆しがある。それは善き友を持つことである」と言っています。

 では、長続きする善き友というのは、
(1)会うたびに、新しい刺激を与えてくれる。
(2)お互いに異質の人間であることを認め、互いに学びあえる。
(3)ギブ・アンド・ティクといった利害や打算にとらわれない。
という人です。

カーネギーをはじめ、あらゆる事業界の神様といわれた人たちのことを考
えてごらんなさい。彼らの成功はすべて、自分を取り巻く善き友がいたから
こそ、リーダーとして、偉業をなさしめたのです。  

2,西郷隆盛的な魅力をつくれ
 西郷隆盛には若いときから接触する人をひきつける魅力がありました。そ
れは、以下の点が西郷に接した人たちをひきつけ善き友が大勢集まるように
なったのです。

(1)高慢稚気のところがなかった。いかなる人にも高飛車には出なかった。                    
   反対に恐れ入る態度も見せなかった。
(2)誰にでも誠意をもって接した。相手の身分によって態度を変えること  
   なく、相手の話しを親身になって聞いてやった。
(3)秘密を守り、約束を守った。引受けたことは実行した。
(4)人の長所は口にしたが、人の短所は口にしなかった。また、自己宣伝
   は一切しなかった。

 人に頼まれたことは、いやな顔をせずにしてやる、人の困ったときは助け
てやる、また、誰かが非難されたら弁護してやる、しかし、そのことを人に
いいふらさないことです。いいふらしたら、感謝の心が変化してしまうから
です。

3.友人を使い捨てにするな
 これからの競争社会においては、よい友をたくさん持っている者が、より
よい成功を収めていく時代です。つまり、友人の質と量がその人の人生を決
定することになります。

 だから友人を利用し、役にたたなくなったら使い捨てにしていると、いつ
までたっても友人の数は増加しないし、また、そのような人にはよい友人は
できません。

 サラリーマン社会における友人というものは、親切とか、欲望とか、利己
主義とかといった相反するものの交錯であり、かけ引きです。友人といった
ところで、いつ自分に嫉妬を向けてくるか分かったものではないのです。ま
た、自分のエリートコースに乗ることを、心から喜んでくれません。

 友人というものは、自分から誠意を示すと、友人の方も誠意を示してくる
し、自分の方が利己的になると、友人も利己的になるという反応を現わすも
のです。

 だから、こちらから先に尽力してやるようにすると、友人もそれに応じて、
こちらの頼みに骨折ってくれるようになります。片方だけが私欲に走ると、
友人も反発します。

 ましてや、利用するだけ利用して、あと友情を捨てるようなことをすると、
いつかそれが悪い評判となってはね返ってきて、誰も相手にしてくれなくな
ります。こういう人はしょせん人の上にたつ人間にはなれません。

 どこの世界に行っても、皮肉をいう懐疑的な人間はいるものです。誰も信
じない人間がいます。これに対してともかく、人を信頼するという信念に使
われるものと使うものとの関係が結ばれていれば、いかなる難問、たとえそ
れが財政的なものであれ、技術的なものであれ、あるいは経営上の問題であ
れ、何一つ解決できずに残されるものはないのです。 

 柳生家の家訓に
「少才は、縁に出向いて、縁に気づかず、
 中才は、縁に気づいて、縁を生かさず、
 大才は、袖すり合うた縁を生かす」
というのがあります。

 人は、一時に40人から50人までの親友を持つことができるそうです。
大才を意識し、その人たちが、自分より優秀であれば、人生はすばらしくな
ることは間違いありません。
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★舘 義之のポジション
 人事・IE・VE・マーケティングコンサルタント
 人事・IE・VE・マーケティングの三輪で企業体質の仕組みを構築して、
厳しい経営環境の中で勝ち残っていく会社にすることを第一に支援します。
舘 義之への問い合わせstudy@agate.plala.or.jp
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