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支払いが厳しい…退職金制度を廃止したいと思ったら

実際の手順は?判例に基づいて「退職金制度の廃止」を徹底解説

厚生労働省が2018年に発表した『就労条件総合調査』によると、退職金制度がある企業の割合は80.5%となっています。同割合は企業規模に比例しており、100〜299人の企業規模では84.9%、30〜99人では77.6%です。

昨今では、退職金制度を廃止して財務状況を改善しようと考える経営者の方からのご相談も増えてきたように思われます。

そこで、退職金制度の廃止を選択肢の一つとして持っておく際に知っておくべき前提知識を整理しましょう。

退職金の性質

退職金は、雇用契約が終了した際に支払われるものであり、就業規則や雇用契約において、あらかじめ支給条件が定められている場合には賃金に当たります。

①賃金の後払いとしての性質に加えて、②「功労報奨」的な性質も持っていると解されており、毎月の給与とは異なり、懲戒解雇など退職の事由によっては減額や不支給とされることがあり得ます。

個別事案に関する減額や不支給は、就業規則に定める退職金の支給要件によって判断されることになります。

では、退職金制度自体の変更にあたってはどのような要件が求められるのでしょうか。

退職金を廃止・減額する場合の要件

退職金制度は労働条件の一つであり、退職金制度の変更にあたっても、労働条件を定める就業規則の変更に求められる要件と同様の考え方で判断します。

“新たな就業規則の作成又は変更によって、既得の権利を奪い、労働者に不利益な労働条件を一方的に課することは、原則として、許されないと解すべきであるが、労働条件の集合的処理、特にその統一的かつ画一的な決定を建前とする就業規則の性質からいって、当該規則条項が合理的なものである限り、個々の労働者において、これに同意しないことを理由として、その適用を拒否することは許されない”
(秋北バス事件、最判昭和43年12月25日)

そして、就業規則の内容が合理的なものと認められるためには、その就業規則の作成または変更が、その必要性と内容の両面から見て、それによって従業員に及ぶ不利益の程度を考慮しても、なお法的規範性を是認できるようなものであることが必要とされています。

“特に、賃金、退職金など労働者にとって重要な権利、労働条件に関し実質的な不利益を及ぼす就業規則の作成又は変更については、当該条項が、そのような不利益を労働者に法的に受忍させることを許容することができるだけの高度の必要性に基づいた合理的な内容のものである場合において、その効力を生ずるものというべきである。”
(第四銀行事件、最判平成9年2月28日)

合理性が認められた事例

退職金規定を不利益に変更するにあたり、合理性が認められた事例をご紹介します。

大曲市農協事件(最高判昭和63年2月16日)

七つの農協が合併するにあたって統一的な就業規則を作成するにあたり、そのうちの一つの農協の退職金の支給率が引き下げられたことの合理性が争われました。制度変更の必要性が高いことや、給与額、休日、休暇、諸手当等、他の労働条件において待遇の向上が見られたこと、定年も延長されたこと、などを理由に、合理性があると判断されました。

合理性が認められなかった事例

一方で、合理性が認められなかった事例もあります。ここでは3つご紹介します。

大阪日日新聞社事件(大阪高判昭和45年5月28日)

経営不振を理由に、退職金の算定の基礎となる金額を従来の基準より低い基準に変更したことについての合理性が争われました。たとえ使用者に経営不振等の状況があったとしても、労働者の同意がないまま一方的に減額することは、到底合理的とは言えないと判断されました。

御国ハイヤー事件(最高判昭和58年7月15日)

退職金規定を廃止し、廃止までの就労期間分の退職金は支払うが、それ以降は支払わないという内容の就業規則の変更についての合理性が争われました。ここでは、不利益変更の代償となる労働条件が提示されておらず、それ以外にも不利益を受け入れるべき特別の事情も認められないとして、合理的とは言えないと判断されました。

アスカ事件(東京地判平成12年12月18日)

関連会社への出向に際し、出向先との労働条件のバランスを取るための退職金規定の変更の合理性が争われました。退職金の減額幅が3分の1〜2分の1と大幅だったこと、新規定の適用にあたっての猶予期間を設けるなどの緩和措置がとられていなかったことを理由に、合理性が否定されました。

判断のポイントは?

労働条件を不利益に変更するにあたり、労働者との合意が得られれば、問題はありません。とはいっても、会社側の方が労働者側より立場が強いことが一般的である上、労働条件の不利益変更は重大な効果をもたらしますので、実際に労働者の合意があったかどうかの認定は慎重な判断を要するものとされています。

この点、熊本信用金庫事件(熊本地判平成26年1月24日)では、次のような判断が示されています。

“労働者が当該就業規則の変更によって生じる不利益性について十分に認識した上で、自由な意思に基づき同意の意思を表明した場合に限って同意をしたことが認められるのであって、Xらがその内容を理解しながら積極的に反対の意思を表明することなく変更後の給与等を受け取っていたことをもって、本件就業規則の変更について黙示的に同意をしたと認めることはできない。”

一方で、労働者からの合意が得られない場合には、変更にあたって合理的な事情があるか?がポイントとなります。

厚生労働省によると具体的な合理性の有無は、

(1)就業規則の変更によって労働者が被る不利益の程度
(2)使用者側の変更の必要性の内容・程度
(3)変更後の就業規則の内容自体の相当性
(4)代償措置その他関連する他の労働条件の改善状況
(5)労働組合等との交渉の経緯
(6)他の労働組合又は他の従業員の対応
(7)同種事項に関する日本社会における一般的状況

等を総合考慮して判断すべきであるとされています(第四銀行事件最高判 平成9年2月28)。

どういった手順で検討すべきか?

まず、前述の観点から、退職金制度の変更の必要性を判断しましょう。その上で、廃止もしくは減額するとの意思決定に至った場合には、その不利益変更について、労働者の同意を得られるよう、十分な説明を行わなければなりません。

その際、代案となるような他の労働条件が提供できないか(賃金規程全体の見直しや定年の延長など)、猶予期間はどの程度設けることができるのか、など、不利益の程度を緩和する措置についても併せて検討する必要があります。

単純な経営悪化を理由とする一方的な退職金の減額は、有効とはならないことに十分留意してください。

弁護士や社労士に相談してみるのもよいでしょう。ただその際、弁護士の先生が必ずしも労務分野を専門としているとは限らないことや、仮に紛争に発展した場合は社労士では対応できないことを踏まえて検討する必要があります。

【こちらの記事も】退職金制度って途中で廃止できるの?中小企業の退職金相場&注意点

【参考】
平成30年就労条件総合調査 結果の概況』 / 厚生労働省
労働契約法のポイント』/ 厚生労働省

* makaron* / PIXTA(ピクスタ)