2021年の改正事項と注意点は?中堅企業に役立つ「キャリアアップ助成金」
「僕は、ずっと契約社員なのですか」という質問。経営者や管理職の方は受けたことはないですか。そのとき、明確な回答をできましたか。契約社員を含む非正規雇用労働者の数が急増していることは、耳にしていると思います。非正規雇用の割合は、2010年以降増加傾向が続き、2020年の厚生労働省の統計では37.2%でした。
今回ご紹介したいのは『キャリアアップ助成金』。非正規雇用労働者の方の企業内でのキャリアアップを促進するため、正社員化などの取り組みを実施した事業主に対して助成金を支給する制度です。2021年度以降、制度見直しに伴う内容変更が行われた「正社員化コース」を中心に、変更点とあわせてご紹介します。
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「正社員化コース」のメリットとデメリット
メリット:社員のモチベーションアップ
正社員化した社員のモチベーションおよび定着率が向上すると考えられます。2021年4月より、中小企業にも同一労働同一賃金の実施が求められています。そのもとで、正社員化登用ルールを策定し、有期雇用労働者、無期雇用労働者、パートタイマ―労働者、派遣労働者など、すべての労働者に対して正社員への機会を与えることは、より上昇志向の社風を醸成することにつながるでしょう。
デメリット:人件費の増加
『キャリアアップ助成金』を利用して、正社員化すると賃金額を3%以上の昇給をしなければなりません。また、社会保険加入も必須です。無期雇用労働者への転換の場合でも、社会保険加入要件を満たす場合は、社会保険加入は必要です。つまり、昇給や社会保険加入により、人件費が増加することは否めません。また、解雇者があると一定期間、この助成金は申請できません。
受給額はどれぐらいなの?
有期雇用労働者等を正規雇用労働者等に転換、または直接雇用した場合に、企業に助成されます。下記は、中小企業の場合の受給額です。
※ ()内の金額は生産性要件を満たした場合の金額
※ 生産性要件については後述
その他、派遣労働者を派遣先で正規雇用労働者として直接雇用した場合 285,000円の加算など各種加算措置もあります。
(1)は、たとえば6か月の有期契約を結んだ労働者を、6か月経過後に正規雇用に転換すること、(2)は同じく有期契約を結んだ社員を、期間の定めの無い無期雇用労働者に転換すること、そして(3)は、期間の定めの無い無期雇用労働者を、正規雇用労働者(給与の支給形態、賞与の支給、定期昇給や昇格といった、正規雇用労働者としての待遇を有する社員)に転換することが必要となります。また、有期契約中であっても、社会保険の加入資格を満たしたときは、社会保険加入の必要性が出てきます。
「正社員化コース」の申請や手続きまでの流れ
申請の流れは次の通りです。
正規雇用若しくは無期雇用へ転換する制度を就業規則に定めた上で、労働基準監督署に届け出ることが必要で、正規雇用などへ転換する前に届出をしなければなりません。と同時に、キャリアアップ計画期間を定め(3~5年)、事前に計画書を提出する必要があります。
2021年4月1日の改正点と注意点は…
賃金の増額率が5→3%に
2021年4月1日の改正点で、注意したい点は昇給ルールです。新要件は、下記のようになります。
正規雇用等へ転換した際、転換等前の6か月と転換等後の6か月の賃金(※)を比較して3%以上増額していること
※ 基本給および定額で支給されている諸手当を含む賃金の総額であり、賞与は含めないこととします。
5%から3%に変わって導入しやすくなったと考えるかもしれません。しかし、賞与が含まれなくなったことで、正社員になって賞与を増額しても要件を満たせなくなりました。
また、注意しなければならない点は、諸手当の支給の仕方です。
賃金3%以上増額の際に含めることのできない手当は、通勤手当、住宅手当、燃料手当、工具手当、休日手当、時間外労働手当、歩合給、精皆勤手当、食事手当です。
逆に考えると、職務給、資格手当、家族手当などの諸手当があれば、増額の際に含めて計算の上、支給しなければなりません。
満たせば助成金がアップする生産性要件とは
生産性の向上で助成率や支給額が上がることがあります。その要件を“生産性要件”といいます。『キャリアアップ助成金の場合』では、57万円の受給のところが、生産性要件を満たすと72万円に受給額が上がります。
少子高齢化社会において、少ない労働人口でも経済成長を図っていくためには、労働者一人ひとりの付加価値(生産性)を向上した企業を応援するという政府からの課題です。その課題目標が生産性要件で、助成金の支給申請を行う直近の会計年度における生産性がその3年前に比べて、原則6%伸びていることが要件になります。
生産性とは、いわゆる従業員一人当たりの付加価値のことであり、下記の算式で計算されます。
生産性=(営業利益+人件費+減価償却費+動産・不動産賃貸料+租税公課)÷雇用保険被保険者数
キャリアップ助成金には正社員化コース以外にも
今回、改正のあった『キャリアアップ助成金』の「正社員コース」以外の受給例をピックアップしてご紹介します。
障害者正社員コース
支給対象者が、重度身体障害者、重度知的障害者および精神障害者のとき、有期雇用から正規雇用へ転換を行うことで、1,200,000円受給となります。
諸手当制度等共通化コース
「健康診断コース」は、「諸手当制度等共通化コース」に統合されました。
有期雇用労働者等に関して正規雇用労働者と共通の諸手当制度を新たに設け適用した場合、または、有期雇用労働者等を対象とする“法定外の健康診断制度”を新たに規定し、延べ4人以上実施した場合に、中小企業の場合1事業所あたり、1回のみ380,000円の支給となります。
山崎豊子先生著の小説で『しぶちん』という、とにかくどケチで金銭への執着が強い経営者の話があります。時折、すべての社員の付加価値を最大化して、すべての利益は経営者の既得権益だと公言される方がいらっしゃいます。社員を活用するという意味では、間違いではないかもしれません。
株式投資の格言に「頭と尻尾はくれてやれ」という言葉があります。株式投資をしていて、まだまだ上がるだろうと欲をかいていると、暴落して結局損をすることがあるという例えです。人事戦略においても、昇給や福利厚生策などを先手に打って出て、社内の上昇気流の風土を形成する上で『キャリアアップ助成金制度』は最善手です。ぜひ活用をご検討ください。
【参考】
※ 「非正規雇用」の現状と課題 / 厚生労働省
※ キャリアアップ助成金のご案内(令和3年4月1日版) / 厚生労働省
* Fast&Slow / PIXTA(ピクスタ)