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パソコンをさわる女性

退職者がネットに悪評を書き込み。経営者として知っておくべき対応策とトラブル事例

2023.01.06

昨今では就職関係のインターネット掲示板が多く見られています。会社の内情など有益な情報が書かれているため、求職者にとっては参考になるでしょう。他方で、会社にとって悪い評判が書かれていることもあり人材採用に大きな影響を与える可能性があります。特に退職者は会社にとって必ずしも良い感情を抱いていないこともあり、事実を誇張して悪く書き込むことも珍しくありません。そこで今回は、退職者によるインターネット掲示板等への書き込みへの対応を解説します。

サイト運営者に対する削除請求

インターネット掲示板等への書き込みを発見した場合は、当該サイト運営者に対して削除請求を行うことが考えられます。口コミサイトなどではそうした削除請求の窓口や問い合わせフォームが用意されているものも多いです。この場合、当該書込みを行った人が退職者であるのかどうかがはっきりしない場合であっても、後述する名誉毀損や人権侵害等となる可能性がある書込みについては、当該サイト運営者が任意で削除してくれる場合があります。ただし、インターネット掲示板等のサイト運営者は、書込みの真偽が分からない場合が多いことや、表現の自由の観点から明らかな誹謗中傷でない限り、任意に削除してくれないことが多いです。任意に削除請求されない場合に、サイト運営者に対して法的に削除請求が可能かという点については議論のあるところですが、本稿では書き込んだ本人に対する削除請求の方法を解説していきます。

書き込んだ人の特定

サイト運営者から任意で削除してもらえなかった場合は、当該書込みを行った退職者に対して削除請求や損害賠償請求を行う必要があります。ただし、インターネット掲示板等は、匿名で書き込まれていることが通常であり、退職者が書いたかどうかは一見して分かりません。会社からすれば「あの人が書いたに違いない」と思っていても、裁判所からすれば不明であり、「その書込みを行ったのは自分ではない」と反論されると立証が難しい場合が多いです。そこで、まずは当該書込みを行った人を特定する必要があります。具体的には、プロバイダ責任制限法(正式名称は「特定電気通信役務提供者の損害賠償責任の制限及び発信者情報の開示に関する法律」)に基づいて、当該書込みを行った者(発信者)の情報の開示を求めることになります。

発信者情報の開示を受けることができる要件は、以下のとおりです。

(1)権利が侵害されたことが明らかであること
(2)損害賠償請求権の行使のために、その他発信者情報の開示を受けるべき正当な理由があること

この手続きを経ることで、当該書込みを行った人を具体的に特定することができます。

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名誉毀損を理由とする削除請求、損害賠償請求

上記の発信者情報開示を受けて、当該書き込みを行った人を特定できた場合は削除請求や損害賠償請求を行います。これが認められるためには、名誉毀損が成立していることが前提になります。名誉毀損の成立には以下の要件を満たす必要があります。

(1)社会的評価の低下

まず、名誉毀損が成立するには、“他人の社会的評価を低下させた”ということが必要です。インターネット掲示板等への書き込みは、一般大衆に公開されるので、ここでの書き込みは他人の評価に何らかの影響を与えます。しかし、書き込みの内容が”社会的評価を低下”させない場合には、名誉毀損は成立しません。

(2)公共性、公益目的、真実性・真実相当性がないこと

ある書き込みが他人の社会的評価を低下させたとしても、表現の自由とのバランスから、違法性がないとして削除請求や損害賠償請求が認められない場合があります。判例上、以下の場合には違法性がないとされています。

① その行為が公共の利害に関する事実に係るものであること
② 専ら公益を図る目的に出たこと
③ 摘示された事実が真実であることの証明又は(真実でないとしても)真実と信ずるについて相当の理由があること

一般に企業の就業環境などに関する書き込みについては、①、②を満たすことが多く、よく問題となるのは③の真実性又は真実相当性の要件です。いくら公益目的であったとしても、真実でない事実を書き込むような場合には名誉毀損となり得ますので、書込みがあった内容が真実であるか否かは重要なポイントとなります。

(3)損害の発生(損害賠償請求の場合)

上記の要件に該当し名誉毀損が成立したとしても、損害賠償請求を行うには名誉毀損によって”損害”が発生したことが必要になります。ここでいう”損害”は、法人に対する不法行為だと金銭的な損失が中心となりますが、信用低下といった無形の損害(個人でいう慰謝料に相当するイメージ)も含まれます。ただ、実際にはあまり高額な損害が認められることは少ない傾向にあり、特に「当該の書き込みによって採用が困難となった結果、損害を被った」という立証をすることは一般に難しいといえるでしょう。

(4)削除請求の要件

他方で、削除請求を行う場合には、投稿内容の削除という表現行為そのものをなくしてしまうことから、表現の自由との関係で要件が加重されています。具体的には、当該表現行為によって事後的な金銭賠償では回復不可能か又は著しく困難となるような重大な損害を被る恐れがあり、他方で、投稿者に格別の不利益はない場合には、削除請求が認められます。

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口コミによるトラブル事例

具体的にインターネット掲示板等に会社のことを書き込んだ事例を見てみましょう。上記(2)の要件についてはケースバイケースですが、上記(1)の要件については、「そもそも社会的評価を低下させていない」とするものもみられます。

(1)「ブラック企業」という書き込み

よく見られる例に「ブラック企業」という旨の書き込みがあります。企業としては、「ブラック企業」と書かれることは、昨今の風潮から看過し難いところであると思われますが、裁判例では、そのような記載だけでは、「社会的評価を低下させていない」として名誉毀損が成立しないとするものが多いです。例えば、「ブラック専門学校」との書き込みについては「何ら事実を摘示するものではなく発信者の意見を記載したにすぎないことが明らか」として社会的評価を低下させないとしたもの(東京地裁2015年3月17日)、「会社、社員もブラック」、「お前みたいのがブラック社員っつーんだよ」との書き込みについて抽象的に過ぎるとして、会社の社会的評価を低下させるものではないとしたものがあります(東京地裁2017年2月10日)。いずれも発信者情報開示請求の事案です。

(2)残業やパワハラに関する書き込み

名誉毀損が認められた裁判例としては、「残業地獄」、「パワハラ当たり前」との書き込みについて、①地獄と思えるほどの残業時間を従業員に強いる会社であること、すなわち原告に違法な残業時間がある事実、②パワハラが常態化している事実を読み取ることができ、会社の社会的評価を低下させるとしました(東京地裁2016年9月2日)。こちらも発信者情報開示請求の事案です。

(3)労災に関する書き込み

その他、「怪我をした場合に労災が一切おりない」、「労務中の怪我は全て自己責任で自費で行われる」、「社用車で事故を起こした社員が怪我をした際も労災は降りず」との書き込みについて、社会的評価の低下を認めた事案があります。会社が法令に従いとるべき対応をとらず、会社としての経済的損失を回避するために労働者に金銭的負担を強いるなどして、労働者の安全等に配慮することもなく労災報告義務違反等の違法行為を行っている会社であるとの印象を抱かせるものであるとしました。(東京地裁2016年9月2日)。上記(2)とは別の事案ですが、発信者情報開示請求の事案です。

退職後のトラブルを防ぐためにできること

退職者によるインターネット掲示板等への書き込みは、会社の内情をよく知る人の書き込みであるだけに、生々しい事実が書かれ、会社の採用活動に大きな影響を及ぼすことが多いです。これらに対しては、上記で述べた方法で対応が可能ですが、こうした書き込みがなされたことによる現実的な信頼回復は難しいといえるでしょう。基本的なことになりますが、こうしたトラブルを防ぐためには退職後の秘密保持や誓約書を書かせるということも対策の一つです。ですが、退職した従業員とのトラブルをご経験されたことがある場合、労働環境や、労働条件自体が適切であるかを確認することも重要でしょう。

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*shimi, NOBU, Graphs, buritora / PIXTA(ピクスタ)

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