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そもそも就業規則は開示すべきか

安易な開示はNG?「取引先からの就業規則の開示要求」増加の背景と対応方法

2022.03.14

昨今、話題になっているSDGs。中小企業の経営者の中には「大企業に求められることで、うちにはあまり関係ない」と捉えている方も多いのではないでしょうか?

しかし最近、中小企業もSDGsを素通りできない事案をよく耳にします。大企業がSDGsの観点をもって事業を進めるために、中小企業に就業規則を開示するよう要求する例が徐々に見られるようになってきているのです。

このような要求があったとき、中小企業はどのように対応すればよいのでしょうか?

そこで今回は弁護士の筆者が、取引先から就業規則の開示要求があった場合の対応について解説します。

就業規則の開示要求がされる理由

冒頭にも触れたように、SDGsの観点から、ビジネス上も人権尊重の要請が強まっています。これは中小企業も例外ではありません。

ビジネス上の人権尊重は、自社内における人権尊重はもとより自社で使用する部品、材料等の生産、製造の過程も含め、いわばサプライチェーン全体で求められています。

例えば、某企業の内部では人権上の問題がない場合でも、同社で使用する材料の製造過程において、児童労働や差別的な労働が行われているような場合には、同社においてもそれがリスクとして問題視されることがあるのです。

SDGsを配慮した取り組みはやはり大企業が主導となって行っていますが、その部品や材料を担っている中小企業にも同様の対応が求められるようになってきているということです。

そして、こうしたサプライチェーンにおける人権尊重の調査の一環で、大企業から中小企業に対して社内の就業規則を開示するよう要求される例が徐々に見られるようになってきています。現状では、特に欧州企業との取引でよく見られる傾向にあります。

企業が尊重すべき人権リスク

“人権”といってもその範囲は広いものですが、法務省の『今企業に求められる“ビジネスと人権への対応”』によれば、企業が尊重すべき人権リスクは、以下とされています。

(1)賃金の不足・未払、生活賃金
(2)過剰・不当な労働時間
(3)労働安全衛生
(4)社会保障を受ける権利
(5)パワーハラスメント (パワハラ)
(6)セクシュアルハラスメント (セクハラ)
(7)マタニティハラスメント/ パタニティハラスメント
(8)介護ハラスメント(ケアハラスメント)
(9)強制的な労働
(10)居住移転の自由
(11)結社の自由
(12)外国人労働者の権利
(13)児童労働
(14)テクノロジー・AIに関する人権問題
(15)プライバシーの権利
(16)消費者の安全と知る権利
(17)差別
(18)ジェンダー(性的マイノリティを含む)に関する人権問題
(19)表現の自由
(20)先住民族・地域住民の権利
(21)環境・気候変動に関する人権問題
(22)知的財産権
(23)賄賂・腐敗
(24)サプライチェーン上の人権問題
(25)救済へアクセスする権利

上記から見ても分かるとおり、労働に関係する項目が多く含まれており、さらに“サプライチェーン上の人権問題”もリスク項目とされています。

このことからサプライチェーン上の労働者の人権尊重の調査の必要性が高まっています。

そもそも就業規則は開示すべきか

まず前提として、就業規則を取引先に対して開示することを義務付ける法令上の定めは見当たりません。

したがって、あらかじめ契約において開示義務を定めている場合は別ですが、そうした定めがない場合には、就業規則の開示に応じる法的な義務はないということになります。そして、一般的に契約書にはそのような定めはないのが通常でしょう。

そもそも、一般論として、就業規則は安易に開示すべき書類ではありません。就業規則には、当該企業の人事上の仕組みや賃金制度等の労働条件が記載されており、これらの情報から会社の経営戦略や人材獲得力が推知される可能性があるためです。

したがって、対応の前提として「就業規則は重要な書類であり、安易に開示すべきものではない」ということを認識しておきましょう。

開示要求に対する具体的な対応

上記を前提に具体的に開示要求がなされた場合の対応について見ていきます。

対応1:開示要求の目的を確認

上記のとおり、就業規則は企業にとって重要な書類です。開示の意図が不明である場合に軽々に開示すべきではないといえるでしょう。

したがって、開示の意図が不明である場合には、まずはどういう目的で開示を要求しているのかを確認しましょう。

対応2:開示に応じるべきかの判断

取引先からの開示要求の目的が確定できたところで、実際に開示に応じるべきか否かを判断します。

上述のとおり就業規則を取引先に開示することを義務付けている法律はない以上、その判断は、「就業規則を開示してまで取引を開始(又は継続)したい取引であるか否か」というメリット・デメリットを比較して判断することになるでしょう。なお、就業規則を開示することのリスクについては、開示する項目を限定することで低減させることができます。

一言で「就業規則を開示せよ」と要求されたとしても、就業規則には、労使間の様々な取決めが記載されており、全ての条項が必要となるわけではないでしょう。例えば、人権遵守の調査の目的の場合には、過重労働の観点から労働時間の定めや、生活賃金の保障の観点から賃金についての定めについて確認がされること多いでしょう。

そのため、上記のとおり就業規則の開示要求の目的が判明している場合には、当該目的のために必要最小限の範囲のみを開示するよう交渉しましょう。もし目的に比して過大な範囲の開示要求してくる場合には、何か別の目的がある可能性もあるので注意が必要です。

対応3:開示に応じる際は秘密保持契約を締結

仮に取引先に就業規則を開示するという判断をした場合であっても、自社の就業規則が目的外に使用されたり、関係のない第三者の手にわたることは避ける必要があります。

そこで、仮に就業規則を開示する場合であっても、不当に使用されることがないように秘密保持契約を結んでおくとよいでしょう。

就業規則を変更するべきか

開示の結果、自社の就業規則に問題があるとされた場合、就業規則を改定すべきでしょうか。

この点についても、開示の場合と同じく、「就業規則を改定してまで取引を開始(又は継続)したい取引であるか否か」というメリットとデメリットを検討して判断することになります。

この点、「人権上問題があると指摘されたのだから、改定する必要があるのではないか」とも考えられます。人権の観点から問題視されたとしても、日本における労働関係法令を遵守していれば、必ずしも就業規則の改定は必要ありません。

例えば、賃金を減給することができる規定が入っている場合には、労働者の人権尊重の観点から、問題視されることがあります。ただし、このことは日本の労働関係法令上、そのような規定を置くこと自体を禁止はされていません(実際の規定の適用段階では問題になることはありますが)。

人権尊重の観点からの改定の場合は、労働者に有利に変更される場合が多いと思われますが、本来的には就業規則は労使間での交渉で決定すべき事柄であり、取引先という外圧によって変更することは適切ではないでしょう。

また、労使関係は当該取引先よりも長期的な関係性であることが多いため、一つの取引先との関係性のためだけに就業規則を改定しなければならないという場面はそう多くはないと思われます。

したがって、一般論としては、就業規則を改定する必要性はそう高くはないでしょう。

人権尊重の重要性は高まる

上記のとおり、必ずしも取引先の要求に応じて就業規則を開示する必要はなく、また就業規則を改定する必要もありません。

しかし、SDGsの観点から、人権尊重の要請は年々高まっており、人権侵害を行う企業は市場から淘汰されるリスクがあります。

企業の持続的な成長のためにも、あらかじめ自社の就業規則が人権尊重の観点から問題がないか確認してみるとよいでしょう。

【参考】
今企業に求められる「ビジネスと人権に関する調査研究」報告書』 / 法務省

*Graphs、kikuo、taa、SoutaBank、CORA / PIXTA(ピクスタ)

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