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TOP > 記事一覧 > 総務・法務 > 社員が過労自殺…企業の法的責任はどう問われるのか【弁護士が解説】
過労死

社員が過労自殺…企業の法的責任はどう問われるのか【弁護士が解説】

2023.08.23

労働時間が長時間であることが多い日本企業においては、非常に残念なことですが“過労死”が時折発生しています。働き方改革の長時間労働是正の流れも、大企業社員の過労死が社会問題となったことが大きいといえるでしょう。

最近もまた大企業社員の過労自殺が報道され、話題を呼んでいます。ニュースになるのは大企業がほとんどですが、実際に過労死は中小企業の社員でも起きており、大企業と同様に法的責任を生じさせます。そこで、本稿では社員が過労自殺した場合の企業の責任について解説していきます。

過労死とは

厚生労働省によれば“過労死”とは、「業務における過重な負荷による脳血管疾患・心臓疾患を原因とする死亡」「業務における強い心理的負荷による精神障害を原因とする自殺による死亡」を指します。

したがって、過労が原因となって脳・心臓疾患により死亡した場合だけでなく、過労が原因となり強い心理的負荷により精神障害を患い、その結果自殺をした場合も含まれます。

【参考】過労死等防止対策/厚生労働省

過労死の基準とは

人は労働以外にもプライベート活動を行っているため、肉体的・精神的負荷によって死亡した場合に、すべてが仕事を原因とするものではなく、プライベートの要因であるのか、業務上の要因であるのかの判断はしばしば困難を伴います。

厚生労働省によれば、厚生労働省の労災認定基準では、以下のいずれかの“業務による明らかな過重負荷”を受けたことにより発症した脳・心臓疾患が、業務上の疾病になるとしています。

(1)長期間の過重業務
(2)短期間の過重業務
(3)異常な出来事

よく問題になりやすい長時間労働による過労死との関係では、上記のとくに(1)が重要になり、その判断要素としては、①労働時間と②労働時間以外の要素になります。

過労死とされる労働時間は以下のように整理されています。

(1)発症前1か月間ないし6か月間にわたって、1か月当たりおおむね45時間を超える時間外労働が認められない場合は、業務と発症との関連性が弱いと評価できること
(2)おおむね45時間を超えて時間外労働時間が長くなるほど、業務と発症との関連性が徐々に強まると評価できること
(3)発症前1か月間におおむね100時間、または発症前2か月間ないし6か月間にわたって、1か月当たりおおむね80時間を超える時間外労働が認められる場合は、業務と発症との関連性が強いと評価できること

したがって、直近の時間外労働が100時間を超えるか、疾患発症前2~6か月間の平均の時間外労働が80時間を超えるような場合には、過労死とされる可能性が高いです。

また、そこまでに至らない(1)、(2)のような場合でも、勤務時間の不規則性や事業場外における異動を伴う業務、心理的・身体的負荷を伴う業務、作業環境などの要素を加味して、業務起因性が認められる場合があります。

【参考】脳・心臓疾患の認定基準の改正について/厚生労働省

【こちらもおすすめ】思わぬ落とし穴も!? 義務化された「管理職の労働時間把握」罰則と勤怠管理法を解説

過労死が認められた・認められなかった事例とは

過労死認定に関する裁判例は数多く存在していますが、本稿ではそのうち精神障害による自殺について、業務起因性を認めたものと否定したものを紹介します。

(1)業務起因性を認めた事例(天満労働基準監督署長〔CSK・うつ自殺〕事件・大阪高判 2013年3月14日)

うつ病にり患していた従業員Xが自殺した事案で、裁判所は、厚生労働省の認定基準を満たすことを認定し、「Xに発症した精神障害である軽症うつ病エピソード(本件疾病)は、業務による心理的負荷によって発病したと判断される。そして、Xが自殺する直前の2003年11月ないし12月頃には、Xは発病した軽症うつ病エピソードによって、正常の認識、行為選択能力が著しく阻害、または自殺行為を思いとどまる精神的な抑制力が著しく阻害されている状態に陥ったものと推定されるのであって、Xの自殺は同人が従事した業務に内在する危険が現実化したものと認めるのが相当であり、Xの自殺は業務に起因するものというべきである。」としました。

【参考】国・天満労働基準監督署長(CSK・うつ病自殺)事件/公益社団法人 全国労働基準関係団体連合会

(2)業務起因性を認めなかった事例(さいたま労基署長〔日研化学〕事件・東京高判2007年10月11日)

当該事案も、上記と同様に、うつ病にり患していた従業員Xが自殺した事案ですが、この事案では、特段の長時間労働はなく、労働時間以外の事情として業務の負荷が問題となりました。

裁判所は「Xの業務が一般的に強度の心理的負荷を伴うものであったということはできない。そして、Xは1996年12月から1997年3月にかけて株取引で大きな損失を被ったのであり、このことがXにきわめて多くの心理的負荷を与え、本件うつ病発症の決定的な原因となったものと見るべきである。そしてXが取り組んでいた規格書改訂作業は、専門知識を必要とはされず、それほど長時間を要するものでもなく、Xの従前の能力を前提にすれば、とくに難しい作業であったということはできず、一般的に強度の心理的負荷を伴う業務であるといえないから、この作業によって、うつ病を急激に悪化させ、自殺に至ったという相当因果関係を認めることはできない。」としました。

【参考】 さいたま労基署長(日研化学)事件/公益社団法人 全国労働基準関係団体連合会

上記でも述べたとおり、脳・心臓疾患や精神障害は、必ずしも仕事の負荷だけが要因となるわけではなく、プライベートの出来事も要因となったり、これらの要因が複合的に重なって発症することがあり、明らかに仕事の要因でなければ業務起因性を否定されます。

この事案においても、業務の負荷はさほど高くない一方で、プライベートでの株取引の損失があり、このプライベートの事情が精神障害(うつ病)の原因となったものとされています。

自社の社員が過労死…会社に及ぼす影響とは

自社の社員が過労死した場合、会社に生じる責任は以下のとおりです。

(1)労災補償責任の発生
(2)不法行為や安全配慮義務違反を理由とする損害賠償義務
(3)役員に対する損害賠償請求

上記(1)については労災保険から保険給付がなされますが、労災保険給付ではカバーされない損害については、(2)の損害賠償責任を負うことになります。したがって(2)、(3)の場合には、過労死の遺族と会社または役員との紛争になります。

会社にとっては、「本人が進んで仕事をしていた」と思うことがよくありますが、遺族にとってはそのような事情は納得の要素にならず、被害感情から紛争が長期化することもあります。

上記の他、企業にとって看過できない影響としては、やはり報道がなされてしまうことで会社の評判が著しく低下することでしょう。過労死の事実が報道されると、当該企業は一気に“ブラック企業”という印象がついてしまい、人材獲得が著しく困難となってしまうのです。

過労死が起きる前にやるべきこと3つ

命は一度失われると元に戻ることはありません。したがって、社員の過労死は事前に防止をすることが何よりも重要です。社員の過労死を防ぐためには、以下の3つのことに取り組むべきでしょう。

(1)まずは労働時間を正確に把握する

まず根本的な取り組みとして、社員の労働時間の適正に把握することです。会社に対する安全配慮義務との関係では、労働時間を把握していない場合は、そのこと自体が安全配慮義務違反を構成します。

労働時間の適正把握については、以下の厚生労働省のガイドラインに従って把握しましょう。

【参考】労働時間の適正な把握のために使用者が講ずべき措置に関するガイドライン/厚生労働省

(2)社員の健康状態をしっかりと把握する

上記は労働時間の観点からですが、社員側の健康状態の把握として、健康診断、ストレスチェックを適切に実施することも重要です。これらの健康診断などで問題がみられる場合は、それが労働時間や業務負荷によるものであるのかを判断する必要があります。

(3)業務や働き方の見直し

社員の健康診断などによって精神障害などが発覚した場合で、それが長時間労働や業務負荷によるものである可能性がある場合は、労働時間や業務負荷の緩和のために業務の見直しをすべきでしょう。

仕事が原因で心身に不調をきたしていることを認識しているにもかかわらず、これを放置することもまた、安全配慮義務違反を構成することになります。

過労死に関する情報は、以下の厚生労働省のサイトにもまとめられていますので、参考にするとよいでしょう。
過労死等防止対策/厚生労働省

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*aijiro, タカス,  bee, metamorworks, asu0307, msv  / PIXTA(ピクスタ)