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パターン別にみる複数事業労働者への労災適用

こんな場合はどうなるの?拡充された「副業・兼業社員への労災適用」疑問をパターン別に弁護士が解説

2022.02.28

副業・兼業をしている社員への労災が拡充されたのをご存じでしょうか? 『労働災害補償保険法』(以下『労災保険法』)が改正され、2020年9月1日から、複数事業労働者への労災保険給付が始まっています。

今回の『労災保険法』改正は、政府が進める副業・兼業の推進の一環として、副業・兼業を行っている労働者に対する労災保険の適用を拡充させるものです。

労働者に対する労災が手厚くなる一方、これまでになかった労災適用のケースが多数見られ、「こんな場合はどうなるの?」といったお困りの声もよく聞きます。

そこで今回は弁護士の筆者が、複数事業労働者の労災でよく生じる疑問をパターンに分け、それぞれどのような解釈や対応が適切なのか解説しましょう。

※最終編集:2022年2月

副業・兼業をしている労働者の労災適用が拡充

今回の労災保険法では、具体的に以下の2点について労災の適用、給付を拡充しています。

1:労災保険給付基礎額の合算

これまでは、副業・兼業をしている場合(具体的な対象者は後述)でも、労災保険給付は、一社のみの就業先の賃金額を基礎として決定されていたところ、全ての就業先の賃金額を合算した額を基礎として保険給付額が決定されることとなりました。

2:業務上の負荷の総合評価

これまでは、副業・兼業をしている場合でも、労災認定にあたっての業務上の負荷は、それぞれの事業場での負荷を個別に評価することとされていました。そのため、それぞれの労働時間やストレス等を足し合わせると、労災認定の基準に達するような場合でも、いずれの事業場との関係でも労災認定がなされませんでした。

今回の労災保険法改正法では、副業・兼業をしている場合には、複数の事業場での業務上の負荷を総合して評価し、労災認定を行うこととされました。

【もっと詳しく】副業・兼業の労災はどうなる?複数社での雇用者やフリーランスの労災保険をわかりやすく解説

労災保険適用拡充の対象となるのは「複数事業労働者」

上記のとおり、今回の改正による制度拡充の対象となるのは、“複数事業労働者”です。

“複数事業労働者”とは、事業主が同一でない二人以上の事業に使用される労働者をいいます(労災保険法第1条参照)。

具体的には、以下のようなパターンがあり得ます。

(1)2つ以上の企業と労働契約を結んでいる場合
(2)1つの企業と労働契約を締結しており、他の就業について特別加入している場合
(3)複数の就業について特別加入している場合

ここでは、(2)、(3)のように、企業と労働契約を結んでおらず、いわゆるフリーランスとして働いている場合でも、労災保険の特別加入制度の対象となっている場合には、“複数事業労働者”となり得るという点がポイントです。

パターン別にみる複数事業労働者への労災適用

パターン1:副業・兼業をしていたことがあるが、ケガや病気が発生した時は、1つの企業でしか働いていなかった場合

上記“複数事業労働者”に当たるか否かは、以下のいずれかの時点において、2つ以上の事業に使用されているか否かで判断します。

(1)傷病等が発生した日又は診断によって疾病の発生が確定した日(算定自由発生日)
(2)傷病等の原因又は要因となる事由が生じた時点

したがって、パターン1の場合、まず、ケガや病気の原因等が、副業・兼業をしていた時にある場合には、“複数事業労働者”に当たります。

他方で、(1)には当たらず、さらにケガや病気が発生した時には副業・兼業をしておらず、(2)にも当たらないため、“複数事業労働者”には当たらないこととなります。

パターン2:副業・兼業をしていることを企業に申告していなかった場合

複数事業労働者に当たるか否かは、企業が知っているかどうかは関係がありません。

上記パターン1で述べた基準を満たせば、たとえ企業側が副業・兼業を知らなくても、“複数事業労働者”に当たることになります。

パターン3:脳梗塞等の発症前1か月の時間外労働が、本業企業と副業・兼業先企業のそれぞれで概ね60時間であった場合

脳・心臓疾患の労災認定基準(いわゆる“過労死基準“)によれば、当該脳・心臓疾患の発症前1か月の時間外労働が100時間を超える場合には、仕事と当該疾患との業務関連性が強いと評価され、労災認定される可能性が高いです(ここでは、説明の便宜上その他の負荷等を捨象しています)。

パターン3では、本業企業と副業・兼業先企業での時間外労働がそれぞれ60時間ですので、それぞれ個別に見れば上記過労死基準を満たさないこととなります。

しかし、“複数事業労働者”に当たる場合には、両社における業務上の負荷を総合的に判断することとなります。その結果、脳梗塞等の発症1か月前の時間外労働は、120時間となり、上記基準に照らしても労災認定がなされることとなります。

このパターンは、今回の改正によって労災保険給付がされることとなる典型的パターンといえるでしょう。

パターン4:脳梗塞等の発症1か月前の時間外労働が、本業企業で100時間、副業・兼業先企業で20時間である場合

このパターンは、上記パターン3と、時間外労働の合計は同じです。

ただし、この場合は、本業企業との関係だけで、上記労災認定基準を満たすこととなり、副業・兼業企業における時間外労働の時間を総合せずとも労災認定がなされます。

さらに、“複数事業労働者”にあたれば、労災保険給付額についても、本業企業、副業・兼業企業の両方の賃金を合算した金額を基に決定されることとなります。

パターン5:本業先から副業・兼業先への移動中の事故に遭い、ケガをした場合

厚生労働省の解釈通達によれば、事業場間(≒企業間)の移動は、当該移動の終点たる事業場における仕事のための通勤であると考えられているため、当該移動の間に起こった災害に関する保険関係の処理については、終点たる事業場の保険関係で行うものとされています(労働基準局長通達2006年3月31日付け基発第0331042号)。

そのため、本業先から副業・兼業先へ移動している途中の事故については、本業先ではなく、副業・兼業先での通勤災害として労災保険の処理がされることとなります。この点は、今回の労災保険法改正の前から同じ取扱いです。

もっとも、今回の労災保険法改正によって、この場合の労災保険給付額についても、複数事業労働者に該当すれば、本業先、副業・兼業先企業の双方の賃金を合算した額を基礎として決定されることとなります。

【こちらの記事も】自転車通勤中の事故も労災認定される?自転車通勤のメリット・デメリット

今回の労災保険法改正で企業の責任は拡大しない

今回の改正によって、副業・兼業をしている社員に対する労災認定される範囲が拡大されました。そこで、企業として気になるのは、自社に何等かの不利益があるかという点でしょう。

この点については、まず、各々の企業との関係で、単独で労災認定の基準を満たさない場合には、いずれの企業も労働基準法上の災害補償責任は負わないとされています。

また、労災保険には、各事業場の業務災害の多寡に応じて、労災保険率や保険料を増減させる“メリット制”がありますが、今回の改正による保険給付については、メリット制には影響しないものとされています。

そのため、今回の副業・兼業をしている労働者に対する労災保険の適用拡大は、企業への責任を拡大させるものではなく、専ら保険給付を厚くしたものと捉えることができるでしょう。

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*zak、takeuchi masato、Jake Images / PIXTA(ピクスタ)