“伝える”ことの難しさ、大切さ。伝統企業を継いだビジネスマンが見つけた経営のコツ(1)
企業の経営者にとって、もっとも大事なテーマとして“伝える”ということがあるでしょう。事業をやっていくにあたって、どんな価値観をもってどのように仕事をしていくべきなのか。それを欠いたまま一生懸命に仕事をしても、空回りしたり方向性が一致したりせずに非効率になってしまったりします。
今回は、大企業のサラリーマンから、一転してネイルサロンの経営を経験し、その後、家業の納豆メーカーを継いだ星野玄喜さんにご登場いただき、業界や業態が変わるごとに直面した“伝える”ことの難しさと大切さ、そこで会得したTPOや人に合わせた“伝え方”について語っていただきました。
伝統の継承と挑戦。“エンタメ系納豆”桃太郎納豆とは?
山梨県にある富士納豆製造所は、富士山麓の水を使用し創業以来ほとんどが手作りという、創業80年を超える老舗の納豆メーカーです。
その4代目、星野玄喜さんが発案した“エンタメ系納豆”である『桃太郎納豆』がなかなか攻めています。
地元を盛り上げようという企画のもと、山梨県大月市に伝わる桃太郎伝説をテーマに、桃しょうゆ味、スパイスカレー味、しょうが・マスタード味という今までの納豆からは想像のつかない3種類を発売しました。
市場に並ぶ納豆の90%以上が醤油ベースの中、桃しょうゆ味を作ってみたのも、「面白いかなと思って」。
「我が家では納豆マヨネーズをトーストしたパンに乗せて食べていました。それを教えた友人はみんな喜んで帰っていった」という経験を発想の原点に、醤油ベースではない納豆のタレを提供したいという想いと『桃太郎』も桃から生み出したそうです。
コロナがきっかけで変えざるをえなくなった、お客様への伝え方
斬新な発想でうまれた桃太郎納豆ですが、新型コロナの影響で今までのようなアプローチができなくなりました。店頭での試食販売ができなくなったのです。
斬新であればあるほどいきなり購入するお客さまは多くありません。試食の代わりに現在は推奨販売という、店頭で説明をするだけの方法にとどまってしまいました。
「お客様は桃しょうゆという名前から甘い味を想像してしまう。なので最初に“甘ったるくないですよ”と伝えるんです」
同様に、スパイシーカレー味は「カレーマニアに人気」、しょうが・マスタード味は「粒マスタードが入っている」とだけ伝えているそうです。長い説明よりも言葉が少ない方が、食べたときの想像が膨らむからというのです。
新卒で明治屋へ。社会人になりすぐに食に関わってきた
新卒で明治屋の貿易部に入り、10年勤めた星野さん。
直接小売にはかかわらなかったものの、商品を輸入して明治屋の店頭に並べたりメーカーや問屋に販売するその過程で、「その商品を食べているときのシーンが思い浮かべられるような提案ができたら成功」だと学びました。
小・中学生の頃に父親の仕事でマレーシアのクアラルンプールに住み、既に東南アジアの美味しい食材を食べて知っていました。しかし、星野さんが大学生になり就職を考えた1990年代後半頃の日本では、まだ東南アジアの食材は一般的ではなく、チリソースすら扱っているところはほとんどありませんでした。
しかし、星野さんは子供の頃に食べていた味が恋しくて、食品を輸入する仕事を志望するようになります。
コカ・コーラへ転職したが、そのまま残るかどうするか
やがて、前から興味があった“モノづくり”に関わりたいとメーカーへの転職を考えるようになった星野さんは、メーカーの中でもグローバルメーカーを希望し『日本コカ・コーラ』に転職。
これまでとは次元の違いを感じるほどの仕事内容を任され、学びの多い会社だったそうです。
しかし、星野さんの所属部署が子会社に移管されるという話が立ち上がり、関連会社に行くか、コカ・コーラに残るか、辞めるかの3つから選択を迫られました。
結局コカ・コーラを早期退職し、次の仕事を考えているところに友人が経営するネイルサロンの顧問を依頼されました。その会社を手伝ったあと、星野さんは、見よう見まねで自分の会社を立ち上げることを思い立ちます。
畑違いのネイルサロン経営。「何を言っているかわからない」の壁
ところが、ネイルサロンの仕事は、自分でやってみたら想像とは全く違う世界で、驚くことに。
当たり前と言えばそれまでですが、ネイルサロンは“ネイリスト”という専門職の人がいなければ始まりません。商品を置いておけば売れるスーパーなどとは、構造からして違います。
そのネイリストとの接し方で、以前の大企業のように振る舞ってしまい、失敗したのです。今となっては間違っているとわかるものの、その頃は「これやっとけよ」というような乱暴な物言いもしてしまったそう。
ネイリストは女性ばかりです。サラリーマン時代と同じように要件を伝えようとしても「何を言っているのかわからない」と総スカンを喰って仕事が回らなくなり、スタッフの信用も得られません。
社員からの星野さんに対する目は、「なんなのあの社長」という冷たいものでした。
「伝え方」の大切さを痛感。サラリーマン時代のようにはいかない
むしろ「なぜ彼女たちの方が理解できないのだろう」と悩んだ星野さんは、よくよく考えてみると自分は「彼女たちの立場に立っていなかった」と反省し、まず、自分でネイリスト3級の資格を取得しました。
自身がネイリストとしてサービスにあたることはなくとも、勉強したことによって気づいたことは多かったそうです。
ネイルを施術する際の工程が最初から終わりまで頭に入っていなければならないことや、いかに甘皮の処理などのケアが重要なのか。新人研修では自らハンドモデルも買って出ました。
ただし、技術的な指導は口出しせずにベテランネイリストに頼り、星野さんは代わりに挨拶などの基本的な指導にまわりました。
加えて、星野さん自身が“こう思った”と伝えるよりも「こういうときは、こういうふうにやるといいみたいだよ。なぜなら……」と第三者目線で伝えることや、理由も説明するように伝え方を変えました。
「伝えたことがきちんと実行されなければ利益にならないので、いかに分かりやすく、気持ちよく聞いてもらえるのか、それを考えるのが僕の仕事でした。いわゆる縁の下の力持ちですね」
伝え方を変えたら相手も変わった
彼女たちの立場になって伝えるようにすると、信頼関係が生まれて、相談を受けることも増えてきたと言います。
勉強会などを開催してコミュニケーションを取り、彼女たちのストレスを減らし、なおかつ技術は向上させなければなりません。
ところが、そもそもネイリストは民間資格。国家資格である美容師と違い職業マインドが低い人も多いと星野さんは知りました。
驚いたことに、応募があって面接を組んでも半分が当日来ない。連絡があればまだいい方で、いわゆる“バックレ”がほとんどだったそうです。離職率も高く、採用してもどんどん辞めていってしまう問題もありました。
接客マナーなど社会的なことを教えられてこなかった人が多いにも関わらず、その人たちが接客をするため問題も起こります。
そこでまず、「社会人とはなにか」というところから教えなければ星野さんが思い描くイメージ像には到達できないと痛感。自身が求めるところまでのハードルがあまりに高いので、教育にも力を入れようと最後はネイルスクールも作りました。
しかしその後、家業の富士納豆製造所を継ぐことになり、現在はネイルサロンもネイルスクールも、完全に手を引いてしまったそうです。
インタビュー後半では、それまでの仕事と異なる納豆メーカーの仕事を通して星野さんが工夫した「伝え方」について、お伝えします。