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管理監督者

管理職に残業代不要は間違い?経営者が知るべき「管理監督者」の労務管理の注意点

2021.08.23

「管理職には残業代を出さなくてよい」ということを聞いたことがあるかもしれません。この考え方は本当に正しいのでしょうか?

まず、“管理職”と“管理監督者”は同じ意味のものとして考えられがちですが、実際は異なります。また、“管理職には時間外労働や休日出勤をさせても残業代の支払いが不要”という認識は必ずしも正しくはないのです。この点は経営者の方はぜひ注意していただきたい内容になります。

今回は、いわゆる“名ばかり管理職問題”を題材として、“管理監督者”の法的な解釈、裁判例から導かれる要件、および労務管理上の注意点を説明していきます。そして、名ばかり管理職が生む長時間労働について考えてみましょう。

「管理監督者」とは?「名ばかり管理職」との違い

まず、『労働基準法』について説明しましょう。ご存知のとおり、同法は、“労働時間”、“休憩”、“休日”に関して規定しています。主な内容は下記の通りです。

・労働時間:原則1日8時間、週40時間です*1 。これを超えて働かせるときは、会社は割増賃金を含む残業代を支払わなければいけません。
・休憩:1日の労働時間が6時間を超え8時間以内ならば45分以上、8時間を超えるならば1時間以上と定められています。会社は、労働時間の途中で休憩を与えなければいけません*2
・休日:少なくとも週1日です*3 。休日出勤をさせるときは、会社には割増賃金を含む残業代を支払う義務があります。

ところが、これらは管理監督者には適用されません*4。管理監督者は重要な職務と責任を持つがゆえに、労働時間の縛りを超えて活動することが求められるためです。

ここで注意したいことは、対象者が管理職ということだけでは、“管理監督者”とならないケースもあるということです。管理職とは企業内における形式的な職制上の位置づけにすぎませんから、管理職に任命すれば即ち法律上の管理監督者に相当する、という認識は誤りです。

実態として管理監督者の要件を満たしていなければ、いわゆる“名ばかり管理職”になります。名ばかり管理職に任命し、長時間労働に至らせた挙句に残業代の支払いは不要だ、という考え方は法的には通用しません。対象者の職務実態を客観的に判断して、“管理監督者”と認められた場合に限り、時間外・休日労働に対しての割増賃金の支払いが不要となるのです。

なお、22時から翌日5時までの深夜労働については、管理監督者に対しても割増賃金の支払いが必要となります。また、年次有給休暇も他の従業員と同様に付与されなくてはなりません。

*1 労働基準法32条。従業員10人未満の商業・サービス業では1日8時間、週44時間です。(同40条、同施行規則25条の2第1項)
*2 労働基準法34条1項。
*3 労働基準法35条1項。就業規則等に定めることで、4週間に4日の法定休日とすることができます。(同35条2項)
*4 労働基準法41条。

「管理監督者」の3つの要件

しかし、実際には、“管理監督者”と“名ばかり管理職”の判断が難しいケースもあるでしょう。管理監督者として認められるか認められないかについては、これまでに裁判で争われた例が積み上がっています。それらの裁判例から、管理監督者に該当するための要件は以下の3点に集約されています。

(1)労務管理について経営者と一体的な立場にあること。
例えば、経営上の重要事項に関する権限や、部下の人事権を持っている、など。

(2) 自分の労働時間についての裁量権をもっていること。
例えば、出退勤時刻の拘束がない、など。

(3)一般の従業員と比べて、賃金(基本給、手当、賞与)面でその地位と権限にふさわしい処遇を受けていること。
例えば、充分な役職手当等を支給されている、など。

注意しておきたいのは、実際には、“管理監督者として認められるか”が争われた裁判では、管理監督者性が否定される、つまり管理監督者ではないと判断されるケースが多いの点です。

結局のところ、管理監督者性の最終的な判断は裁判にゆだねるしかありません。そのため、“管理職に残業代は不要”という認識で労務管理を行っていると、裁判で争って管理監督者性が否定された際に、さかのぼって未払い残業代の支払いを請求されることになります。

残業代請求権の時効は、2020年3月31日までに発生したものについては2年、2020年4月1日以降発生のものについては3年です。2021年現時点では最大で過去2年分ですが、2022年4月以降になると過去2年分を超え、2023年4月以降は最大で過去3年分の残業代を請求される可能性が出てきます。

このとき企業側が労働時間を証明することができないのであれば、主張された始業・終業時刻が未払い残業代の算出根拠として採用されかねません。こういったリスクがあることも念頭に置いておきましょう。

「管理職」の労務管理で注意したいこと

前に触れたように、裁判における、“管理監督者として認められるか”の判断は厳格化しています。ですから、役職上は管理職であっても、実態として前述した“管理監督者の3要件”を1つでも満たしていない対象者については、他の従業員と同様の労働時間管理と割増賃金計算を行うと考えたほうがよいでしょう。

なお、冒頭で述べたとおり、『労働基準法』では、労働時間の縛りを超えて活動せざるを得ない職務内容を有するという地位の特殊性から、管理監督者については時間管理の対象外としています。しかし改正された別の法律『労働安全衛生法』では、長時間労働による健康障害発症を未然に防ぐために、管理監督者を含めた全ての従業員の”労働時間の状況把握”を義務付けていることは認識しておいてください*5

つまり企業は、管理監督者を含む全ての従業員の労働時間の状況把握を、タイムカードによる記録や、パソコンのログインからログアウトまでの時間の記録といった客観的な方法によって行わなくてはならないのです*6。この『労働安全衛生法』の改正法は働き方改革の一環としてすでに施行されています。

*5 労働安全衛生法66条の8の3。
*6 労働安全衛生規則52条の7の3。

長時間労働のリスクと課題

ここまで、「管理職には残業代を出さなくてよい」という考え方を、法的な解釈や裁判例に基づいて解説してきました。しかし、そもそも長時間労働をさせること自体がリスクということは心に留めておいていただきたいです。

長時間労働は労働者にとって、心身の健康を損ねる可能性がありますし、豊かな私生活や学びの時間を犠牲にすることにもなります。企業経営にとっては、慢性的な人材不足に陥るリスクにもなりえます。長時間労働が蔓延する職場に優秀な人材が集まり定着するとは考えられないからです。それなのになぜ、日本は管理職の残業代が問題になるほど、長時間労働がまかり通った社会のままでいるのでしょうか?

おおもとには、日本では伝統的に、経営者には雇用を維持することが期待されてきたので、景気の浮き沈みに対して、人員の数ではなく、労働時間の長さを調節することで対応してきたという背景があるといわれています。そんな中、残業時間に制限をかける法律もつくられました。しかし、企業は特別条項付きの36協定を結ぶという抜け道を使い、事実上その上限を意識しない残業を慣習化させてきたのです。

また、昨今の働き方改革によって、今では特別条項を結んだとしても残業時間に上限が設定されることになり、しかも違反者には罰則が課せられることになりました。ただ、この残業時間規制の実効性は不透明です。というのも、残業を命じる場合には36協定を締結しなければならないのですが、この協定の締結率も認知率も6割すら達しにていないのが現状なのです。

一方、労働者側の意識にも課題があります。これまでの慣習から、残業代を当てにして生活を組み立てる構造が成り立っていて、残業代を得るために長時間労働を受け入れてきたという側面もあるのです。

 

“名ばかり管理職問題”を題材として、管理監督者や長時間労働について解説してきました。今後、少子高齢化が進んで労働人口が減少することは確実です。多様な人材を確保するために、企業はより労働者が働きやすい職場環境をつくっていく必要があります。

企業の雇用管理の中にも、働く人の習慣の中にも、長い時間をかけて受け入れられてきた“長時間労働の当たり前”を疑うことが、より働きやすい社会への第一歩となると思います。その一環として、管理職の働き方についても見直してみてはいかがでしょうか。

* Greyscale / PIXTA(ピクスタ)