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世界最高齢ドラマプロデューサー“石井ふく子氏”の人間力!

       ◆◆コンピテンシーを磨けば仕事のできる人になれる◆◆

    <第369回>賢人のコンピテンシーをベンチマークする!<その62>

   ==■「世界最高齢ドラマプロデューサー“石井ふく子氏”の人間力!」■==

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人は誰でも能力を保有しています。しかし、せっかくの保有能力が宝の持ち腐れとなり、成
果に結び付けられない人が実に多いのです。
「賢人のコンピテンシーをベンチマークする」と題して分かりやすく解説していきます。
コンピテンシーを磨けば誰でも仕事のできる人に自己変革できます。経営トップ・管理者・
社員の皆様、そして求職中の離職者の方や就職を目指す学生さんにも是非ともお読みいただ
きたいと思います。

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■忙しい人はとりあえず流し読みして下さい。後でゆっくり読み直していただくと理解が一
層深まります。(コンピテンシー宣教師より)■

<今回のメニュー>
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【1】父無子(ててなしご)が祖母に育てられて!
【2】女優も経験した波乱万丈の時代!
【3】OLからプロデューサーに!
【4】橋田寿賀子とタッグを組んでヒット連発!
【5】賢人から学ぶべきこと!
【6】編集後記

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賢人と呼ぶにふさわしい人は、すばらしい「行動特性」を持って行動している。だからすば
らしい仕事の結果を出すことができるのだ。我々は賢人のコンピテンシーをベンチマークし
ない手はないのだ。



【1】父無子(ててなしご)が祖母に育てられて!

石井ふく子氏(89歳)は世界最高齢のテレビドラマプロデューサーとしてギネスに認定され
ている。1926年に今の東京都台東区に生まれる。母信子氏は売れっ子芸者で芸者名を「君鶴」
と言った。結婚していないのに妊娠してしまい、女の子を産んで「ふく子」と命名した。ふ
く子氏は父親の顔も名前も未だに知らない。

母のぶ子氏は育児を放棄し、女として生きると公言していたと言う。従ってふく子氏は祖母
に育てられるが13歳のとき悲しい別れとなる。それまで日本舞踊を習ったりして末は芸者と
言うこともありえた。間もなくして母のぶ子氏は俳優の伊志井寛氏と結婚する。



【2】女優も経験した波乱万丈の時代!

その後文化学院に入学するが肺結核を患い1年間休む。そのとき母のぶ子氏と伊志井寛氏の
元で療養生活を送り、見掛け状、父無子から脱したかに見えた。しかし、母のぶ子氏の姉の
嫁ぎ先に画家の木村壮八氏がいて、そこに居候させて貰うことになる。暖かな家庭と言うも
のを経験していないふく子氏は「家庭」と言うものに憧れる。

戦火の激しくなった1941年、東京女子経済専門学校に編入する。学徒動員で時計の精工舎に
駆り出され、時限爆弾の製造に携わる。副班長だったふく子氏はひょんなことから現場へ行
くのが遅れて死を免れる。自分の代わりに友達が命を落とした。遅れていなければ自分が死
んでいたのだ。そのことがトラウマとなって戦争もののドラマは作れない。



【3】OLからプロデューサーに!

義理の父伊志井寛氏が大スター長谷川一夫氏と親交があった関係もあり、新東宝に入り女優
になることができた。女優になっては見たが着物代が自腹で大変だった。そのためたった2
年で女優を辞め、縁があって住宅メーカーの日本電建宣伝部に入社した。

日本電建がラジオ東京(現TBS)のドラマのスポンサーだった関係で局に出入りするよう
になり、見かねてコマーシャルだけでなくドラマに対してまであれこれ提案するようになる。
ところがその提案内容が局の演出部長の目に留まり、スカウトされることになる。こうして
1950年にOLからドラマプロデューサーへ転身を図ることになる。

下積み生活の後、1958年東芝日曜劇場の「橋づくし」でプロデューサーデビューを飾った。
山田五十鈴や香川京子など大物女優をキャストに迎えてのデビューだったからすごい。



【4】橋田寿賀子とタッグを組んでヒット連発!

以来、「石井ふく子」の名をほしいままにしていくことになる。「愛と死を見つめて」、
「女と味噌汁」、「女たちの忠臣蔵」、「忍ばずの女」などをヒットさせる。特に人々の
印象に残っているのが「肝っ玉母さん」、「ありがとう」、「渡る世間は鬼ばかり」だろう。

ありがとうでは主役に歌手の水前寺清子氏を抜擢したいと考えたが当時彼女はテイチクの売
れっ子歌手。テイチクに押しかけて出演依頼をするも承諾が得られない。水前寺が出演中の
劇場に何度も押しかけ、トイレの前で待ち伏せして「あなたは美人でないからピッタリの役
なのよ。どうかお願いします」と懇願してやっとOKをもらったそうだ。

橋田寿賀子氏とはもう50年もタッグを組んでいる。いつも喧嘩ばかり。橋田寿賀子氏は二言
目には「もう辞めた」と言うそうだ。喧嘩しながら馬が合うということだろうか。

母のぶ子氏は71歳で生涯を閉じたが、晩年は森光子さんを長女、ふく子氏を次女、大原麗子
さんを三女と呼び、次女そっちのけで二人を溺愛していたと言う。そんなことでふく子氏も
2人とは親交が厚かった。



【5】賢人から学ぶべきこと!

「親はなくとも子は育つ」と言うことわざがある。石井ふく子氏は温かな家庭と言うものを
知らない。だからドラマのコンセプトはいつも「家族」だ。出演者とはプロデューサーと俳
優と言う関係だけに留まらず、「石井ファミリー」を築いてきた。

たった2年ではあったが女優も経験している。そのことが出演者の気持ちを理解するうえでと
ても役に立っているのだと言う。

父無子だったため祖母に育てられ、祖母の死後大病を患い、その後画家の家に居候と言う侘
しい生活。どこかしら、前に紹介したことのある前田吟氏とダブル。しかし誰一人石井ふく
子氏を悪く言う人はいない。

実は美空ひばりさんとも親交があったが、ある日自宅にお重を持って訪ねてきてくれた。ふ
く子氏の嫌いな食べ物ばかりのお重だったそうだ。仕方なくかぼちゃから先に食べた。そし
たら美味しいの何の。ひばりさんの心遣いは今でも忘れられないそうだ。

石井あく子氏の「人間力」はすばらしいからいろいろな人が寄ってくるのである。



【6】編集後記

石井ふく子氏は何か一言と関口宏氏に促されて「あせらず おこらず あきらめず」と書い
た。90歳にならんとしている世界最高齢テレビドラマプロデューサーの人生を象徴する言葉
だ。

<今回は、BS-TBSの「関口宏の人生の詩」も参考にさせて頂いた。>


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次回に続く


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発行責任者:さいたま市中央区上落合5丁目19-29
        彩愛コンサルピア代表 下山明央

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