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コクヨ・品川ライブオフィス

越境学習が切り拓くキャリアの可能性。『pandoor』事業リーダー小山幸乃氏と、プロティアン・キャリア協会CGO栗原和也氏が語らう

“越境学習”という言葉を知っていますか? 自身が所属する企業や組織の枠を超えて、異なる環境で就労したり学習したりする取り組みを指します。経済産業省がイノベーション推進人材の育成施策の一つとして推奨していることもあり、多様な働き方と人材開発を模索する企業が徐々に実践を始めています。今回は、越境学習の最前線で活躍する2人にスポットを当てます。

1人はコクヨ『pandoor(パンドア)』事業リーダーの小山幸乃氏。『pandoor』とは、新規事業の立ち上げや、事業戦略・機能戦略の立案・実行など、重要度・難易度の高い課題の解決を求める中小規模の企業と、社員の成長のために社外経験をさせたいと考える大手企業のワーカーをマッチングし、週1日・6カ月間の越境学習(パラレルワーク)を提供するサービスです。

もう1人は、プロティアン・キャリア協会及び4designs株式会社CGOの栗原和也氏。プロティアン・キャリア協会は、“キャリアオーナーシップ”を提唱し、個人の主体的なキャリア開発支援に関するサービスを法人・個人向けに提供したり、組織開発を行ったりしており、越境学習のマッチング支援もその一環として実施しています。

この2人に越境学習の課題と未来について語り合ってもらいました。

コクヨ株式会社 経営企画本部
イノベーションセンター ワークスタイルユニット 『pandoor』事業リーダー
小山幸乃

2004年コクヨ入社。オフィス空間の設計デザイン・コンサルティング、オフィス家具のマーケティング・商品企画に従事しつつ、2021年から社内複業の形で「人材領域」の新サービス構築に取り組む。2023年より現部署にて『pandoor』事業を立ち上げ、リーダーを務める。

一般社団法人 プロティアン・キャリア協会 / 4designs株式会社
CGO(最高事業成長責任者)
栗原和也

外資系総合ITサービス企業にて、総合商社向けの基幹システム開発、業務変革(BPR)プロジェクト等に参画。2021年7月よりプロティアン認定ファシリテーター。企業の垣根を超え、キャリアについて気軽に越境対話できる『越境キャリアカフェバー』を運営。組織と個人がシナジーを生み、誰もが自分らしいキャリアを築ける世の中を目指す。

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越境学習とキャリアオーナーシップ

栗原和也(以下、栗原):『pandoor』が生まれた背景について教えてください。

小山幸乃(以下、小山):私はもともと、コクヨのプロパーとしてオフィス空間の設計・デザインを担当していましたが、その後コンサルティング業務に携わるようになり、組織運営に関する悩みを聞く機会が増えました。コンサルティングでは、総務部門とどのような組織形態でどの部署を配置しどんなオフィス空間をつくるかといった話をします。同時に人事部門とも、どのような人材を育てたいか、どんな働き方を取り入れたいかという話をします。場をつくるためにはどう組織がありたいか、どういった人材にしたいかが大きくかかわってくるからです。

“オフィスをつくる”過程で、経営者や人事部門の方とご一緒させていただく中で「一社で働くだけがキャリアではない」という考え方になってきているという実感があって、こうした背景から、越境学習をサポートする『pandoor』というサービスが誕生しました。

栗原:オフィスとキャリアの課題は、つながっているんですね。

小山:経営者の方と話していくと、やっぱり最終的には人材だよねという話になります。

栗原:その通りですよね。環境が人に与えるものって大きいなと感じていますし、逆に人が環境に影響を与えるとも思います。相互の関係性に着目して意識的に働きかけることが空間デザインであり、まさに人材育成につながっていると思います。

私たちの協会としては、人と人とのつながりや距離間を「社会関係資本(ソーシャルキャピタル・人と人の関係性を資本として捉える)」と捉え、それを大事に蓄積することが、 仕事はもちろん人生の豊かさや日々の充実感、心の豊かさにつながってくると考えています。

小山:面白いですね。私たちコクヨでも5年ほど前から、「ナッジ理論(相手の無意識に働きかけ、より望ましい選択へ行動変容を促す仕掛け)」を取り入れた空間デザインを進めています。これは、意識せずに人々の行動を後押しするような家具や空間を設計する手法で、計算されたオフィス空間の提供に取り組んでいます。

栗原:ナッジ理論も行動経済学の一つですね。例えば、会社の必須研修のように、本人は望んでいなくても提供される環境が行動に影響を与えることは確かです。

やはり実際に経験すると、人はそこから感じること、見て初めて知ること、気づくことなどがあるので、行動が価値観などを変容させていくのは間違いないですね。そうした仕掛けを提供することが、組織開発などキャリア開発の重要な要素だと思います。

【こちらもおすすめ】大企業の経験豊富な人材が出向する「越境学習」とは?中小企業が導入するメリットや最新事例も紹介

人的資本経営の文脈で越境学習がもたらす効果

栗原:今、“人的資本経営”がバズワードとして注目を集めていますが、この概念を提唱している一橋大学の伊藤邦雄名誉教授は、人的資本経営には2つの射程があると話しています。

1つは、組織を成長させることです。人に投資することで、その成長が組織全体の成長につながります。組織を成長させるために、まずは人に投資するという視点です。もう1つは、個人のウェルビーイングです。これは、人の成長を重視し、個人が充実感を感じられるようなキャリアを築くことに焦点を当てています。

小山:私たちが行っている『pandoor』は、他社業務の実践経験を提供するサービスなんですが、会社の研修や人事が後押しする形で、挑戦したい人を増やしていこうと考えています。『pandoor』を卒業した方の中には、「もっといろんなことにチャレンジしたい」「副業を始めた」といった行動変容が見られます。

『panddor』をきっかけに、成長に向かって貪欲に行動を起こせる人や、マルチタスクをこなせる人が増えることを目指しています。

栗原:我が社でも越境対話ワークショップを導入しているのですが、人は選択肢が増えたり新しい環境に触れたりすると、非常に大きなエネルギーを発揮することを実感しています。

これには2つの側面があります。1つはポジティブな面で、異なる環境に出ることで、自分が所属している大手企業で蓄積されたものの良さに気づくことです。例えば、ベンチャー企業には制度や仕組みが整っていないことが多く、ベンチャーに出向くとその土台をつくることを求められます。大手企業での経験を活かして新しい環境に貢献できる点はプラスですよね。

もう1つの側面は、心理的安全性です。特にミドルシニアの方々は、社内に後輩が増えていく中でキャリアの不安や新しい挑戦について相談しづらい状況にあります。越境学習では評価関係がないため、率直に話せる環境があり、安心して相談できる点が大きなメリットです。

また、キャリアを積んできた方々が定年退職後に直面する悩みとして、「自分は本当にやりたいことは何だろう」「自分が目指す姿とは何だろう」といった問いがよく挙げられます。長年、組織に自身の考えを預けてしまっている場合、いざ自分の目標を自分で考えるとなると、何をすべきか分からなくなるのです。越境学習は、こうした人的資本経営の文脈において重要な役割を果たすと私たちは考えています。この越境学習が、その人たちが持つ潜在的な能力や可能性を引き出す鍵になるのです。

小山:『pandoor』のプログラムは半年間ですが、最初に「何のために外に行くのか」を書いてもらっています。しかし、いざ「自分自身はどう成長したいか」を問うと、ほとんどの方が答えられないんです。会社に対して何をもたらしたかは話せても、自分がどう変わったかとなると途端に言葉に詰まる方が多いんです。

栗原:これは、組織の評価に従って行動してきた結果、自分の価値観を見失ってしまったことが原因かもしれません。組織を離れる経験と問いを通じて、キャリアオーナーシップを自分自身に取り戻すのに、越境学習は非常に効果的です。

【こちらもおすすめ】次世代キャリア形成の台風の目?パラレルワークサポートサービス『pandoor』事業リーダー小山幸乃氏に聞く

『pandoor』が重視するメンタリングと伴走

小山:『pandoor』では、参加者に対してメンタリングや伴走を重視しています。参加者が「この方向に進んでみよう」と決めたときには、私たちは否定せず、他に検討すべき道があるか、その方が気づいていない選択肢をアドバイスしています。

栗原:この伴走が本当に素晴らしいと思っていたんです。毎月メンタリングし、状況を確認しながら選択肢を提示するという方法はあまり見られないですよね。

小山:他社のサービスではマッチングして終わりが多いですね。私たちは参加者の皆さんに最初にこう宣言するんです。「私たちは、メンタリングをするけれど決めません。でも、皆さんが気づいてないあらゆる選択肢を指摘します」と。そして、最終的な結論は参加者自身で出してもらいます。このプロセスを毎月続けることで、徐々に自分で道を選べるようになり、最終的には自走できるようになるんです。それをすごく大切にしていますね。

栗原:決めないというのは、コーチング的なアプローチですね。多くの上司部下面談では上司が解決策を決めることが多いですが、そうすると自分で考えるというプロセスが欠けてしまいます。考えを促し自分で選ばせることは、選択肢を広げ、より多様なキャリアを形成する上で非常に重要だと思っています。

小山:メンタリングも型にはめすぎずに、何パターンか必要と思っています。この人にはどういうメンタリングをしていくかというのを事務局チームのなかでタイプを分けて練って実施しています。

栗原:そこまでやっているんですね。メンタリングの仕組みを構造化しきっていない柔軟なアプローチは、これからの時代にすごく重要だなと思っています。キャリアは多様で、行き先も多様というなかで、個々に応じてやり方を変えたり寄り添い方を変えたりしていくという方法は手間がかかりますが、すごく画期的な仕掛けなんじゃないでしょうか。

小山:そうですね、そんなに手厚くて大丈夫ですかという声はあります。

でも、『pandoor』は、単純に越境学習が流行っていて儲かりそうだからやろうということで始まったプロジェクトではありません。私たちは、10年後、20年後にはキャリアを自由に選べる時代が来ると考えています。そのとき、コクヨがパートナーとして共に歩んでいける存在でありたいという思いで、このプロジェクトに取り組んでいます。

▶ 『pandoor』について詳しく知りたい方はこちら

越境学習の成果を定量化する仕組み

小山:コクヨの視点から言うと、『pandoor』というサービスを提供する中で、人々がどのようにキャリアを描き、それに向かってどんな行動を起こすか、その軌跡が蓄積されています。これらのデータは、将来的に他の人材サービスを展開する際の足がかりとしても活用できると考えています。

栗原:そのデータを、組織心理学やキャリア論の観点で研究されている方はいますか?

小山:はい、外部の専門家に監修をお願いしています。データの取り方やサーベイの設計などに関しても、ご協力いただいています。

『pandoor』では、自律協働型人材(自己実現と他者貢献を両立し、主体的に行動・成果を生み出せる人材)を育てるための評価システムを整えています。自律協働の視点からのスコア、コンピテンシー(行動特性)、強み・弱みの分析を、1つのサーベイで総合的に可視化できるようにし、「あなたは今どこにいて、課題はどこにあるのか」を評価できるようにしています。

そもそも人事部門にとっては、社員を社外に送り出すことに抵抗があるでしょう。費用がかかったけど、効果がわからないというのが1番の悩みだと思います。そこで私たちは、必ず「ビフォーアフターのアセスメントを行います」と伝え、評価は本人と社内だけでなく、受け入れ先にも参加してもらいます。これにより、立体的かつ多面的な評価が可能になります。

栗原:アセスメントを社内外、本人の評価を多層的に取るというのは、非常に特徴的ですね。

小山:この評価で面白いのは、多くの方が社内での評価は予想できていたけれど、社外から見た自分を知らなかったという点です。例えば、社内では真面目で信頼性が高いと評価されていた人が、社外では発想力が面白いと評価されたなど、意外な魅力に気づかされることもあり面白いんですよ。

栗原:『pandoor』の評価を通じて、自分が周りからどう見えているか、初めてそのギャップに気づくことができるのは大きいですね。

私たちプロティアン・キャリア協会でも、“キャリアオーナーシップ”を重視しています。自分のキャリアは、周囲との関係性の中で形成されることが多く、周りからのフィードバックや日常的なコミュニケーションがその基盤になります。組織から応援される存在になることで、キャリアの機会を得やすくなるという関係性を非常に大事にしています。

▶ プロティアン・キャリア協会について詳しく知りたい方はこちら

中小企業にとってのメリットとは?

栗原:私はプロティアン・キャリア協会の唯一の認定企業である4designs株式会社でもCGOを担っているのですが、ここでプロボノ活動(知識やスキルを無償提供して社会貢献する活動)の受け入れも行っています。ベンチャー企業として、大手企業の社員を受け入れることもあるのですが、そこから得られるものがいくつかあります。

1つは、明らかな人脈が広がることです。大手企業とのつながりができ、困ったときに相談できたり、インタビューなどの機会を得られたりします。これにより、情報を得るためのパイプができ、自社の活動に活かせるようになります。

もう1つは、大手企業が持つノウハウやスキルを自社に取り入れられる点です。特に制度や仕組み、事業戦略に関して、大企業の豊富なノウハウやメソッドを学べることは非常に大きなメリットです。

小山:私たちの受け入れ先でも、「自分たちの方法が最良かどうか不安に感じている」という声をよく聞きます。大手企業は多くの選択肢を吟味し、組織的に意思決定を進めていくプロセスが整っています。それに触れることで、自分たちのやり方を見直すきっかけになり、非常に魅力的に感じていただいています。

『pandoor』は、単にお手伝いに行くというのではなく、外部での経験をキャリア形成に結びつけることを大前提としています。受け入れ先の業務に深くかかわり、プロジェクトを動かしていくことで、双方にとって価値ある経験となるようにしています。

栗原:受け入れ先の中小企業のメンバーにとって、大手企業から来た人は、ある意味外部メンターのように知見をもたらしてくれる存在です。学びや気づきの提供は非常に大きいと思います。

小山:実際に受け入れ先からは、「社員の成長が著しい」という声をよく聞きます。議論を通じて、自社の社員がどんどん成長していくというのです。

栗原:企業の規模にかかわらず、閉じた環境から一歩外に出て、自分の考えを他者に伝えるプロセス自体が大事なんですね。

まとめ

『pandoor』を立ち上げた当初は“とりあえず”で送り込んだ結果、育成としては全くうまくいかなかったという小山氏。重要なのはマッチングではなく、そこからどう働きかけるかの方が結果に大きく影響するというのが印象的でした。

写真撮影:大畑陽子

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