「キャリア開発」は社員と企業で握り合う。企業事例から具体的な進め方を解説
キャリア開発とは、企業が自社の社員に実施する育成方法の一つです。似たような言葉に「キャリア形成」というものもありますが、キャリア開発もキャリア形成も区分的には人材育成の中の一つと考えてよいでしょう。
終身雇用や年功序列といった制度が徐々に変化するとともに、「終身雇用は必要ない」と考える労働者もいるようです。こうなると企業側としては、優秀な人材の獲得や定着化などが懸念されます。人材を獲得しても「この企業ではスキルアップできない」などといわれてしまうようでは、企業運営としてもマイナスになるのではないでしょうか。中小企業における社員のキャリア開発は、スキルやモチベーションの向上を促進し、組織全体の成長と持続可能な発展を支える重要な要素です。
この記事では、社員のキャリア開発について解説していきます。
目次
キャリア開発とは
キャリア開発とは「社員のキャリアプラン実現に向けて、組織が意図的・中長期的に計画を立てて行う取り組み」のことです。
個人が自らのキャリアを考える「キャリアデザイン」とは異なり、組織と社員が共に「どのような人材を求めているか」「どのようなキャリアを歩みたいか」と、お互いに思い描いていることをすり合わせ、そのうえで実現に向けた施策を展開していきます。
なぜキャリア開発が求められているのか
転職に対するハードルが低い
総合転職エージェントの株式会社ワークポートが2019年に行った調査によると、「現在の会社(直近まで働いていた会社)に入社したとき定年まで働くことを想定していたか」という質問に対し、68.6%の人が「いいえ」と回答。また、終身雇用制度に関して「必要ない」と回答した人の割合は54%という結果でした。
回答の理由として「転職してキャリアアップや独立をしたい」「定年まで会社が存続しているとは思えない」「やりたいことを見つけるためにひとまず入社した」など、全体的に転職へのハードルが下がっていることや、キャリアへの不安を持っていることがうかがえます。
【参考】転職者のホンネ調査2019 / 株式会社ワークポート
労働供給制約社会の到来
日本において生産年齢人口(15歳以上65歳未満の人口)は、2030年には341万人、2040年になると1,100万人も不足すると予測されています。つまり、労働需要と労働供給のギャップが年々広がっていく……これは「人に投資する企業に人材が集中し、投資しない企業にはもう人が集まらなくなる」ということを意味しています。
このことからも、一人ひとりのキャリア開発に向けて企業が具体的な投資を行うことへのニーズが高まっているといえます。
キャリア開発のメリットと落とし穴
キャリア開発を行うメリットとして、企業視点でいえば「エンゲージメントの向上」「社員の定着化」「優秀な人材採用」など、社員視点でいえば「スキルの向上」「キャリアデザインの明確化によるモチベーション向上」などが挙げられるでしょう。
企業と社員、それぞれの意見をすり合わせることが不十分なままでは「企業都合の押し付けでかえってモチベーションが低下し、人材流失」「個人のありたい姿ばかりにフォーカスした結果、自分本位の考え方をする人が増える」といった、望ましくない状態になりかねません。
社員が主体的にキャリアを形成できるよう、組織としてどのようなことができるか?という前提でキャリア開発を行うことが必要です。
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キャリア開発の具体的な手法
制度や仕組みによる後押し
社員のチャンスを増やす環境を整えることで、必要なスキルが何か気付く機会を得られるようになります。具体的には、社内において必要な職種を募集する「社内公募制度」や、将来所属したい部署ややりたい仕事を申告してもらい、欠員補充や業容拡大の際に希望者から異動を募る「キャリア自己申告制度」、複数の職種を経験することで社内理解とスキルアップを促す「ジョブローテーション」などが挙げられます。
キャリア研修・キャリア面談
キャリア教育の在り方については、以前の記事にも記載した通り「組織と個人のより良い関係を大事にして組織に貢献していく」「キャリアを築いていく上で核となる『価値観・目的』を探り当てる」「キャリアは常にアップデートする」の3つが原則です。年代ごとにライフステージが異なることを前提に、年代別の具体的なテーマを検討することや、研修が「やって終わり」にならないように、定期的にキャリア面談を行って企業と社員との相互理解を深め続けることが重要です。
自己啓発支援
自己啓発支援とは、社員が社外に行っても活躍できるだけの価値を身につけられるような支援を企業が本気になって行うことで、社員と企業の関係性をよりよくしていく取り組みです。例えば、「就業時間内の一部を自他部署の人たちと挑戦したいテーマに充てる」「社内留学や企業を超えた越境学習の場を用意する」「副業や兼業を認める」などが挙げられるでしょう。
キャリア開発推進の事例
ここからは、筆者の企業が関わらせていただいたあるIT企業さまにおける、キャリア開発の取り組み事例をご紹介します。主催していただいた経営管理本部長の課題認識は、下記の通りです。
キャリア開発の重要性は認識しているものの、進め方が組織→社員の一方通行で社員主体の取り組みになっておらず、意図した効果を出せずにお悩みでした。ありたい姿を実現するために、社員一人ひとりの現状や今後のキャリアに耳を傾けて理解を深めること、そのうえで経営戦略に連動した人材・組織戦略を描くことを課題とし、以下のようなアプローチで進めました。
各部門から次代を担ってほしいリーダー層(中堅~課長)を選抜してプロジェクト化し、プロジェクトメンバーと当社コンサルタントが協働で各フェーズを進める形を取りました。
1. キャリア面談
まず社員一人ひとりがどのような価値観で働いているのか、どのようなキャリアを描きたいと考えているのか、現状どのようなスキルや適性を持っているのかを全社員との面談で把握し、どのような施策が社員のキャリア開発につながるか情報収集しました。
2. 経営戦略に連動した人材・組織戦略
キャリア面談で収集した社員のキャリアに関する情報を基にしつつ、組織としての経営戦略と連動する形で、人員計画を策定しました(下図)。このような連動を図ることで、社員のキャリア開発に向けた投資と組織の成長が一貫性・ストーリー性をもってつながるのです。
3. 必要な経験・教育・制度の設計
社員の望むキャリアの実現と、経営戦略と連動した人員計画の達成を両立させるために、社員が積むべき業務経験や保有すべきスキルは何か、適性を踏まえてどのような配置・登用が必要か、そのためにはどのような施策が必要か、などの具体策を検討し実行。今回ご紹介している企業さまでは、以下のような取り組みを実施しました。
- 社内ポータルサイトを用いてキャリアパスを提示。必要なスキル・知識および教育プログラムを明示し、いつでも社員が受講できる仕組みを構築
- どのような部署で働きたいか自己申告する制度をつくり、当該部門への社内留学や、欠員が出た際の異動を募るようにした
- 社員の自由な発想で新たなチャレンジが生まれるように、社内公募および表彰式を行うだけでなく、部署の評価における「チャレンジ行動」の比率を従来よりも上げた
4. 施策実行
設計した施策を実行していく中で、経営陣に対する中間報告や、狙った効果につながっていない施策に対する細かな修正をかけつつ進めました。
5. 効果検証・修正
半年・1年が経過したタイミングで、プロジェクトメンバー・経営陣・当社コンサルタントが集結。人員計画で狙っていた成果と現状とのギャップを洗い出し、次の打ち手は何か、共に検証しました。また、社員の価値観やキャリアに関する希望は、状況の変化に応じて変わっている可能性が高いので、定期的にアンケートや面談を挟みながら状況を定点観測しつつ行いました。
以上のように、社員主体のキャリア開発に軸足を据えて実行をした結果、「社内ポータルを活用した教育プログラムの活用度合い上昇」「社員アンケートにおける“経営への信頼度”のスコアアップ」「プロジェクトメンバーであった次世代リーダーの内、複数名がプロジェクト発足後2年で管理職に昇格」という効果が出ています。
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まとめ
この記事を通してお伝えしたいことは「キャリア開発は社員主体で行ってこそ効果的である」ということ。また、社員の希望を聞くだけでなく、組織の方向性(経営戦略)との連動があってこそ組織と社員一帯の取り組みになります。社員のキャリア開発においては、この2点を意識しながら進めるようにしましょう。
*Jirsak, UnderhilStudio, jamesteohart, MMD Creative / shutterstock
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