最低賃金1,000円に引き上げへ!「賃金上昇」が企業の「生産性」を改善する効果とその仕組み
今回は、管政権が目指す『最低賃金の引き上げと小企業施策の狙い・関係性』について生産性の観点から説明します。
2020年10月時点での報道などから推察すると、管首相が目指す中小企業施策は、安倍前首相が掲げてきた方向性を基本的に踏襲しつつ加速させているものとみることができます。
安倍前政権は、2019年度まで4年連続で最賃の3%以上の引き上げを実施してきました。しかし、2020年初頭に世界を覆った新型コロナウイルス感染症拡大の影響をうけて、中央最低賃金審議会においては「現下の経済・雇用への影響等を踏まえ、引上げ額の目安を示すことは困難であり、現行水準を維持することが適当」との投信がまとめられ、都道府県ごとの方針と判断が注目されていました。
「結果としてほとんどの都道府県で小幅引き上げが実施された」と、厚生労働省のページには記載がありましたが、開けてみるとやはり“現行水準の維持”であり、これまでの数年と比較すると概ね引き上げなしといえるレベルなのが下のグラフの推移を見ると理解できるでしょう。
内閣官房全世代型社会保障検討室、厚生労働省HPを参考に筆者作成
最低賃金の引き上げが生産性向上へ影響をもたらすメカニズムとしては、下記の2点をあげられます(森川正之『最低賃金と生産性』より)。
(1)最低賃金の引き上げに伴う労働費用の増加が企業の生産性、向上努力を促す圧力として機能すること
(2)低賃金・低生産性企業の退出による新陳代謝効果
賃金は生産性を反映していますので、企業は、生産性を向上させて少しでも支払い余力を向上させなければ、賃金を上げることはできません。賃金を上げようとした場合、同じ売上であれば、同じコストをかけ続けている状態でいることはできないということです。
これになぞらえ、“労働費用の増加”を先に前提として“企業努力を促す効果を期待すること“は、前記の(1)にあたります。そして、続く(2)は(1)を前提としています。
上昇してゆく最低賃金を堅守することのできない企業が、高生産性企業に成長するための手段として、前回の記事でも触れた、M&Aを含めた企業再編や若手経営者への事業承継などを行うという流れになります。そして、賃金上昇にともない経済合理性が失われ、廃業を選ぶ場合にも、従業員は生産性の高い企業に移動をするため、中長期的には生産性が上がってゆく、というロジックです。
昨今の最低賃金を巡る議論として、2020年10月以降、管政権の成長戦略の中で「最低賃金の全国加重平均を早期に1,000円を目指す」という数値目標が聞こえてくるようになりました。これまでを振り返ると、安倍政権は2012年の発足後、金額にして125円、2012年起算で約16%程度、最低賃金を引き上げてきています。先の数値目標は、管政権でこれを一気にあと10%超程度を上げようということを意味しています。
今一度2002年からの推移を、下記の表(内閣官房の資)料から確認してみます。いかに安倍政権が最低賃金の引き上げにこだわってきたかを再確認できるのと、管政権でのスピード感も実感できるのではないかと思います。
出所:内閣官房全世代型社会保障検討室
では、なぜそこまでして生産性を上げて最低賃金を上げてゆかねばならないのか、あるいは最低賃金を上げて生産性を向上させなければならないのか、という疑問が湧いてきますよね。人口が減少していくなか、生産性を上げることにより少しでもGDPの低下を緩和させて、社会インフラを支えるだけの仕組みを構築しなければならないことは以前の記事で触れました。
改めてですが、GDPとは国民が生み出した付加価値の総和を指しています。そして、GDPの計算式は、下記のように表せます。
Y=C+I+G+(X-M)
Y=GDP(国民所得)、C=民間消費、I=民間投資、G=政府主出(公共事業)、X=輸出、M=輸入
「Y」は、正確には経済学でいうところの「国民所得」なのですが、これが多くの先進国で「GDP」という呼称で同義の内容として使われています。構成要素の中で、占める割合が最も高いのが「C」です。
出所:消費者庁家計物価動向を参考に筆者作成
実は最低賃金を上げる目的は、企業の事業効率化を目指すことにより、生み出した付加価値から給与として国民に渡るお金の量を増やして、この消費にまわすことにあります。最低賃金は、所定内給与にも一定程度連動していて、効果が実体経済にも波及します。
日本の企業の99%以上を占める中小企業では、最低賃金近辺で働いている労働者の割合も高いため、この恩恵を受ける割合も高くなります。ですので、受けた恩恵が消費という形となり、経済がまわっていくという図式になるのです。
また、最低賃金引き上げの効果は、都市部より地方に大きく影響します。下記に、ニッセイ基礎研究所が算出した最低賃金の労働者への影響のグラフを示します。
出典:ニッセイ基礎研究所「都道府県別にみた最低賃金引き上げの労働者への影響」
赤線の上にグラフが飛び出ている都道府県が、より影響が大きい箇所になります。こちらは2017年の分析からの出典ですが、“全国で最低賃金が加重平均1,000円を目指す”ということは、これより更に大きな影響が出るということになります。
最低賃金に釣られ給与の額が上がることによりこうした地方がうける影響は、消費が増えて経済が活性化する以外に“都市部に住む人が地方に移住しやすくなる”という副次的な効果を生みます。一極集中といわれる都市部からの人口移転は、移住者による消費も増えるという良いサイクルになるほか、地方の税収増による社会システム維持に繋がってゆくのです。
厚生労働省では「最低賃金引上げに向けた中小企業・小規模事業者への支援事業」として、様々な施策をまとめたウェブサイトを開設しています。生産性を向上させて最低賃金を上げた場合の助成なども細かく設定されています。給与を引き上げて成長を目指すときなどに積極的に活用をしてみましょう。
【参考】
令和2年8月厚生労働省報道発表
内閣官房全世代型社会保障検討室
消費者庁「家計消費、物価の動向」
ニッセイ基礎研究所「都道府県別にみた最低賃金引き上げの労働者への影響」
*tadamichi / PIXTA(ピクスタ)