
面接と話が違う…給与に見合わない社員を解雇したい!過去事例から対応法を紹介【弁護士が解説】
労働人口の減少に伴い人材獲得が困難となった今日。企業では、思い切って高い年収など好待遇の労働条件を提示して、高度な技術・能力をもつ即戦力人材を中途採用するケースがあります。ところが、このようにして採用した人材が、「実際に雇ってみたら、想定(給与)より仕事ができなかった……」「求めていた人材スペックから大きく外れていた……」などと、期待外れであったということがあります。
これが中小企業の場合、一人の人件費が会社全体に与える影響が大きくなります。経営者としては、無駄なコストはカットしたいと考え、その人材を解雇したいと思うかもしれません。しかしながら、こうした解雇が簡単に認められてしまえば、中途採用された人材にとっては、転職したことにより収入を得る場を失ってしまうことになり、著しい不利益を受けます。
そこで、本稿では、即戦力中途採用者が期待外れであった場合に、企業はその者を解雇することができるのかについて、解雇に関する法規制や裁判例を参照しつつ、解説します。
目次
解雇に必要な2つの要件とは
我が国では、「解雇は、客観的に合理的な理由を欠き、社会通念上相当であると認められない場合は、その権利を濫用したものとして、無効とする」と定められています(『労働契約法』第16条)。
解雇は、使用者による労働契約の一方的な解約であり、民法上は、本来、自由です(第627条1項)。しかし、労働者の雇用保障と不利益回避の観点から、このような民法上の原則は判例によって修正され、“解雇権濫用法理”として厳格な制限が課されてきました(最判昭和50年4月25日『日本食塩製造事件』。最判昭和52年1月31日『高知放送事件』など)。そして、この判例法理*を明文化したものが、上記の『労働契約法』第16条です。
同条により、使用者による労働者の解雇が認められるためには、第一に、解雇の“客観的に合理的な理由”が必要となっています。これは、解雇をする場合、その労働者に就業規則上の解雇事由があることが必要ということです。
第二に、このような“客観的に合理的な理由”が認められる場合であっても、その解雇が“社会通念上相当として是認することができ(る)”ことが必要です(相当性の要件)。これは、労働者の情状、他の労働者の処分との均衡、使用者の対応や責任などの事情から、解雇することが相当であるかを別途チェックするというものです。
即戦力中途採用者の期待外れ解雇が認められるかについても、これら2つの要件に照らして判断されます。
* 判例法理…裁判所が示した多数の判例の蓄積により形成された考え方
解雇に必要な「客観的に合理的な理由」とは
この点、労働者の能力不足・成績不良・適格性の欠如は、典型的な解雇事由にあたります。就業規則には、解雇事由として下記のように規定されていることが多いでしょう。
・「勤務状況が著しく不良で、改善の見込みがなく、労働者としての職責を果たし得ないとき」
・「勤務成績又は業務能率が著しく不良で、向上の見込みがなく、他の職務にも転換できない等就業に適さないとき」
ただし、上記の規定例からも見て取れるとおり、“客観的に合理的な理由”があるといえるためには、単に能力不足・成績不良・適格性の欠如があれば足りるのではなく、これらの事由が“業務遂行上の支障を生じさせるなどの重大な程度に達しており、解雇を回避するために他の手段がない”ということが必要です。
ここで重要なことは、能力不足等が重大な程度に達しているか否かは、主観的で曖昧な評価によらないということです。労働契約上の労働者の地位や業務内容から要求される職務能力・勤務態度と照らしあわせ、能力不足等が重大な程度に達していると客観的に示す必要があります。つまり、労働契約上、これらの内容について何らかの明示がない場合、労働者の能力不足等を主張しても、そもそも解雇の“客観的に合理的な理由”があるとはいえないのです。
また、能力不足等が重大な程度に達していることが明示されたとしても、本人への教育指導や本人の努力によって能力が改善する可能性がある場合や、配置転換・出向・降格等によって当該労働者を活用する余地がある場合には、企業は、それらの措置によって解雇を回避すべきであり(解雇回避努力義務)、このような義務を尽くさないまま解雇しようとすることは、やはり解雇の“客観的に合理的な理由”があるとはいえません。
さらに、これらの検討により、解雇の“客観的に合理的な理由”が認められる場合であっても、解雇が有効とされるためには相当性の要件を満たす必要があります。
即戦力採用者の能力が期待外れであった場合
では、以上の能力不足等に関する解雇の考え方は、本稿のテーマである“即戦力中途採用者が期待外れであった場合”にも当てはまるのでしょうか?
この点、先に述べた“解雇権濫用法理”は、近年における転職市場にはそぐわない面があります。同法理は、従前の長期雇用システム下での労働者保護のために発展した理論であり、近年における高度な技術や能力が必要とされる人材を職種や地位を特定して中途採用するケースを想定していないためです。
しかしながら、冒頭で述べたとおり、即戦力中途採用者といえども、期待外れであった場合に解雇が簡単に認められるならば、その者に著しい不利益が及びます。 このようなことから、おおむね裁判例では次のように考えられています。
裁判例で示された即戦力採用者解雇の考え方
(1)即戦力中途採用者は、一定の高度な能力の発揮を求められて雇用されることから、能力不足等に関しては一般従業員としてではなく、当該職務や地位に要求される能力等を基準に判断されます。
(2)また、職務や地位を特定して採用されることから、配置転換等の職種転換による解雇回避努力義務は、原則として必要とされません。
(3)ただし、中途採用者が、当該職務や地位に社会通念上求められる能力を発揮して就労している場合には、特に高い能力を発揮することが合意されていない限り、解雇の合理的理由があるとはいえません。
(4)また、配置転換等の措置は要しないとしても、本人への教育指導などの解雇回避努力義務は必要となります。
このように裁判例の傾向としては、即戦力中途採用者に対して、(1)や(2)のように解雇の要件を緩和しつつも、(3)解雇理由の該当性や(4)解雇回避努力義務のように、なお一定の配慮をしているといえます。
即戦力採用者の解雇をめぐる裁判例
実際の事案で、即戦力中途採用者の解雇が認められた例と認められなかった例を紹介しましょう。
電気機械器具の製造販売業社の品質管理部に、主事1級の資格で中途採用された労働者。しかし、採用時に示された能力を全く有さず、上司による改善指導にも反抗したことで、解雇に。この事案では、長期雇用の新卒者と異なり、他職種への転換教育や配置転換を検討する義務はなく、解雇は有効との判決となりました(東京地判平成14年10月22日『ヒロセ電機事件』)。
一方で、外資系コンサルタント会社の事案では解雇が無効となる判決が。マネージャーとして比較的高額な給与で中途採用された労働者が、能力不足を理由として解雇に。しかし、客観的に当該労働者がマネージャーとしての能力がないとはいうことはできず、また解雇回避努力もなされていないと判断されました(東京地判平成15年9月25日『PwCフィナンシャル・アドバイザリー・サービス事件』)。
このように即戦力中途採用者が期待外れであった場合については、解雇の要件に緩和はあるものの、基本的には冒頭で説明した能力不足等に関する解雇の一般的な考え方と同じになります。
経営者へのアドバイス
以上のとおり、即戦力中途採用者が期待外れであった場合でも、当該労働者を解雇することは容易なことではありません。それゆえ、安易な解雇は慎むべきです。
とはいえ、即戦力中途採用者が期待外れであったということは実際上、起こりうることです。このような場合に、雇用のミスマッチを早期に解消する観点からは、あらかじめ一定の対応策を考えておくことが望ましいです。
対応策の1つとして、採用時の労働契約書に労働者の地位や業務内容、それらから要求される職務能力・勤務態度について、可能な限り具体的に明記しておくことは重要です。こうすることによって、雇用継続中に当該労働者の能力不足等が重大な程度に達した場合には、そのことを客観的に明示することができます。
また、客観的に能力不足等が明らかになった場合であっても、直ちに解雇することなく、まずは教育指導などを行うことをおすすめします。それでも功を奏さなかった場合は、退職勧奨を試みるなど段階的な措置を取ることが望ましいでしょう。
*horiphoto / PIXTA(ピクスタ)