
M&Aで業績は伸びる?簡単にそうともいえない理由を元CFO・現COOが解説
筆者はCFOの立場から数多くのM&Aに携わってきました。
M&Aについては以前も書かせていただきましたが、今回は会社を買う側の視点からお話したいと思います。
M&Aはご存じの通り、Mergers and Acquisitions の略称で、文字通りに定義するならば会社の合併・吸収から、全部もしくは一部の株式取得まで幅広い資本取引が対象となります。その中でも、今回はM&Aをある会社の株式の過半数以上の取得をする場合や、会社を吸収・合併するケースに絞ってお話いたします。
【筆者の以前の記事はこちら】M&Aの相談がわが社に!どう判断する?経験豊富な元CFO・現COOが解説
目次
会社を買えば「業績」は伸びるが注意したいこと
まず、「何をもって業績が伸びると判断するか」を定義したいと思います。
この記事の中では、「業績が伸びる」ということを、「どんな形にせよ事業・業績(≒売上規模)が拡大する状態」と定義します。買収する対象の会社にも事業があることが通常です。
たとえば、「売上5億円の会社を買収すれば、5億円グループの売上が伸びる」というのは当たり前の話ですが、グループとして事業が拡大していることは事実です。通常、買収を語るときに、グループとしての事業拡大に加えて、シナジーの創出について議論になることが多いのですが、「新たに事業を展開し、結果を出すまでの時間を買う」という視点もM&Aにはあることから、「シナジーが出ていなくとも業績は伸びる」と定義したいと思います。
業績は伸びる?その上で注意すべきこと
この定義を前提に考えると、会社を買収すればほぼすべてのケースにおいて業績は伸びることになります。その中で注意したいことは、業績が伸びるとしても、“買収後に買収した事業の業績が縮小するリスクはないかを事前に検証すること”です。
個人的な意見として、無形資産や属人性が高い事業においてPMI(Purchasing Manager’s Indexの略、購買担当者景気指数のこと)がうまく行かない場合に、業績が縮小するリスクが高いように感じられます。
対象事業がどういった特徴を持った会社なのかは、デューデリジェンス(以下「DD」。投資を行う際、投資対象となる企業や投資先の価値やリスクを調査すること)を行う際に十分に見極めるべき要素ですが、ビジネス面でのDDはどうしてもビジネスモデルや成長可能性を重視したレビューとなりがちです。
属人性や組織の特徴についても、念入りに調査をすべきでしょう。具体的には、4P分析やバリューチェーンの可視化、アクティビティシステム(ビジネスの行動のつながりを図にして示すフレームワークのこと)を書いてみるなど、会社としての事業の強みや活動の状況を言語化してみたとき、人的あるいは組織的な強みが多く見受けられる会社の場合には、こういったリスクが比較的に高いということがイメージしやすいかと思います。
その一方で、会社の強みが、過去の設備投資や安定的な取引先との関係性にある会社には、これらのリスクは相対的に低くなる印象があります。たとえば製造業で、取引先の流動性が低く機械設備への投資が大きく発生する事業などがそういった条件に当てはまると考えます。
必ずしも「売上の増加=利益の増加」にならない
もう一点、留意したいことは、今回は売上の拡大を業績の成長と定義して話を進めていますが、必ずしも、売上の増加が利益の増加にはつながらないという点です。これも当たり前の話ではありますが、「どうしても買収したい」というマインドになると、忘れられがちな論点なので、一応ご説明させていただきます。
たとえば、携帯電話を製造する会社があったとします。会社を買収することで売上は伸びるかもしれませんが、厳しい業界でもあり、利益は赤字であることは容易に想像することが可能です。
さらに検討を進める中で、売上総利益が現在赤字で、「今後、製造原価を削減する方法も思いつかない」といった状況だとすると、たとえ買収したとしても利益貢献はまったく期待できず、いくら事業規模を拡大できるからといってもメリットがない買収になってしまうでしょう。
買収は買われた会社にとっても事業を変革し、成長する機会である一方、売り手にも買い手にも方策がない場合や、買い手として納得できない場合、つまり買収したとしても利益創出の可能性が見いだせない場合、「企業価値の拡大には貢献しないので買収しない」といった判断が賢明でしょう。
買収を成功させるためには
これまで業績の拡大について説明してきましたが、買収を行う際には、買収後の事業拡大を期待するのは当然のことですし、シナジー効果を実現していく事も重要です。この観点から、買収がうまくいくケースでは、買い手と買収対象となる会社の経営陣が買収後の方針について明確に合意し、買収後も協力し合えている状況を作ることは必須となります。
今回は、両者間で合意をする際に重視したい論点について3点ほどご共有させて頂きます。
1)経営スタイルについて理解しておくこと
最近はM&A仲介会社からの紹介で検討に至るなど、M&Aのきっかけも多様化しています。このことから、買収を検討する際に初めてお互いのことを知ったというケースも多くあるでしょう。
事業規模や収益の最大化というゴールを合意することは比較的容易ですし、買収交渉の中でも意識が行くところではあります。
その一方で「そのゴールをどう実現するか」という、事業の進め方のクセや成功体験の違いについては、あまり意識が行かないことも事実です。人も会社も、株主が変わったからすぐにやり方を変えるというほど器用ではないことを前提として考え、お互いの仕事の進め方についても理解し、認めていることは重要といえるでしょう。
2)コストシナジーから協議していくこと
会社の経営に関する協議の中では、当然シナジーについてディスカッションがなされることでしょう。シナジーを創出していく際には、実績を体感・可視化していくことが信頼関係を構築していく観点から重要です。
このことから、コストシナジー(ビジネスでの経費を減らし、その結果収益が上がること)の面から施策を合意し着手していくことをおすすめします。コストシナジーは、主には共通・間接部門の統合やツールの一本化など、業務の効率化を実現することで形にしていくものです。
これらは、双方が合意すればすぐに実現していけるものでもあり、得意先に直接的な影響が出ることも少なく、お互いの仕事の進め方を知るという意味でも取り組みやすい領域といえるでしょう。
3)売上面でのシナジー実現には時間がかかることを覚悟する
「一緒になることで事業を伸ばして行こう」という話は、シナジーの議論の際に大きなトピックとなることが通常ですが、それと相反して成果を実現することは難しく、また長い時間がかかる領域でもあります。
実際に筆者が手掛けたM&Aの中でも、「なかなかこの観点からは効果が感じられない」という話もよく出てきていた領域でした。
「どんどん連携を強化していこう」ということで活動内容について合意したとしても、その成果については時間がかかるものという共通認識も双方で持っておきたいものです。ここでの期待値のズレが、PMIを進める中で相互不信感を生み出す原因となることは避けたいものです。
M&Aは「組織」と「人」が重要
今回はM&Aを活用して事業を伸ばしていくには、という観点から筆者の考えをご共有させていただきました。事業の収益性を評価して会社の価値算定をしつつも、PMIがうまく行き、買収効果を顕在化させることができるかどうかは、定量評価には織り込みづらい組織や人にあるという点がM&Aの難しさです。
買収を検討する際には、その会社の経営陣や主要メンバーとよく話すこと、特に事業の話に限らず、その人となりや個人としての志向もよく把握することが重要です。M&Aの検討を進めていく際に、トップ会食が組まれることも多くあると思います。
そういった機会では、交渉と相互理解を意識的に切り分けて対応することをおすすめしています。肩ひじを張らずに素の自分を相手に伝えること、等身大の視点からお互いの人柄を把握することを意識したいものです。
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