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社員が横領したらどうする?懲戒解雇や損害賠償請求の進め方をわかりやすく解説

社員の横領が発覚したら?懲戒解雇や損害賠償請求の対応をわかりやすく解説

2022.01.13

時折、ニュースなどで社員による横領事件が報じられることがあります。このようなニュースを見て「うちは中小企業だからこんな事件は起きるはずがない」と他人事として考えている方も多いのではないでしょうか?

確かに横領を行う人はごく一部です。しかし、長年一人の社員が同じ業務を担当し、業務がブラックボックス化しやすい中小企業にこそ横領被害のリスクは高いといえます。

社内で横領が発覚した場合、金銭的な損失が発生することはもちろん、社内に動揺が広がりますので、経営者としては迅速かつ適切な対応を取る必要があります。

本稿では、社内で横領行為が発覚した場合に取るべき対応について、弁護士の筆者が解説します。

横領行為が発覚した場合の対応

横領と疑われる事実が発覚した場合、会社としての主な対応は、下記の4点になります。

①事実確認と懲戒処分
②退職金の不支給・減額
③損害賠償請求
④刑事告訴

多くの企業にとって横領行為の対応は初めてのことで、処分の決定や進め方について迷うことも多いでしょう。ここでは、対応方法や注意点について、順を追って分かりやすく説明していきます。

対応1:事実確認と懲戒処分

まず考えるべきは懲戒処分の実施です。

具体的には、次のようなステップを踏み、懲戒処分の実施を検討しましょう。

ステップ1:出勤停止命令を出し証拠隠滅を防ぐ

社員の横領が疑われる事実が発覚した場合、まず初めに、横領が疑われる社員に対して、出勤停止(自宅待機)を命じます。これは、さらなる横領行為による被害拡大の防止に加えて、証拠の隠滅を防ぐ意味があります。

ここでの出勤停止命令は、懲戒処分としての“出勤停止”とは異なり、業務命令としての出勤停止です。そのため、出勤停止令を行うためには就業規則に根拠規定は必要ではありません。

注意が必要なのは、出勤停止中の賃金です。この時点での出勤停止命令は業務命令の一つです。いわば“自宅で待機すること”が仕事の内容となります。したがって、原則として自宅待機中の賃金は全額支払う必要があります。賃金を支払う必要がないのは、不正行為の再発のおそれなど、当該社員の就労を許容しないことについて実質的理由がある場合に限られます。

ステップ2:事実関係の調査

次に、懲戒処分の対象となる横領行為について、具体的な事実を調査します。この点が不十分だと、後で述べる就業規則違反の有無や、どのような懲戒処分を行うべきかといった判断ができないこととなります。

また、懲戒処分を行ったあとは、原則として懲戒理由を追加することはできないとされているため、懲戒処分を行うまでに十分な調査を行う必要があります。

具体的には、事実関係は、いつ、どこで、どのように行ったかを把握できるようにしておきましょう。

ステップ3:就業規則上の懲戒事由該当性を確認

懲戒処分を行うには、就業規則上の根拠が必要となるため、横領を行ったことが懲戒処分の対象となっているかを確認しましょう。

もっとも、横領行為に関しては、懲戒事由として定められていることが通常ですので、この点が問題になることは多くないでしょう。

ステップ4:弁明の機会、懲罰委員会の実施

ここまでで事実関係の調査が完了し、就業規則上の根拠も確認できました。次は、横領を行った社員に対しては弁明の機会を用意するのが無難です。下記の手順で行うとよいでしょう。

・会社が把握した事実を当該社員に示す
・事実関係に誤りがないか当該社員に確認する
・事実関係に誤りがある場合にはその旨を当該社員に聞く

弁明の機会の付与は、法的に絶対必要というわけではありません。しかし、懲戒処分の有効性を基礎づける重要な要素となるため、実務的にはこれを実施することが通常です。

この際、仮に会社の認識する事実と異なる事実が述べられたとしても、無理に会社の認識を押し付ける必要はありません。弁明の機会は、言い分を聞くことを意識しましょう。

さらに、懲戒処分の実施にあたり、就業規則や労働協約で賞罰委員会での審議を規定している場合があります。この場合は、最終的な処分を決定するために、賞罰委員会を実施する必要があるため、就業規則等を確認しておきましょう。

ステップ5:懲戒処分の決定

上記のステップを経て、実際に懲戒処分の内容を決定します。どのような懲戒処分を行うかは、以下の事情を考慮することとなります。

・当該社員の行為の内容、態様、悪質性
・当該社員の行為によってどのような損害が生じたか
・当該社員の過去の懲戒処分歴、反省の有無
・同種事案における過去の懲戒処分と比べて均衡がとれているか

経営者としては、犯罪行為を行った社員を社内に留めおくことは組織秩序の観点から難しく、まず懲戒解雇を検討するところでしょう。

次の裁判例を参考にし、具体的にどのような処分を行うか迷う場合は、専門家の意見を求めるとよいでしょう。

横領での懲戒解雇における裁判例

裁判例では、横領、背任、会社の物品の窃盗といった犯罪行為については、懲戒解雇を有効とする傾向にあり、他の職務規律違反等と比べると、懲戒解雇が有効となる可能性は高いといえます。

例えば、裁判例には、バス乗務員が運賃1,100円を着服した事案では、バス乗務員として極めて悪質な行為であり、職務上許されないものであり、その額の多寡にかかわらず懲戒解雇(懲戒免職)に値する行為であるとして、懲戒解雇を有効とした事案があります(東京都公営企業管理者交通局長事件・東京地判2011年5月24日)。

他方で、懲戒解雇を無効とした事案としては、虚偽の通勤手当の請求を行い、不正に定期代を受給したことを理由とする懲戒解雇があります。通勤経路変更の事情などを勘案しても懲戒解雇をもって臨むことは,企業秩序維持のための制裁として重きに過ぎるとして、懲戒解雇を無効とした事案があります(光輪モータース事件・東京地判2006年2月7日)。

【こちらの記事も】問題社員を解雇できないか?不当解雇になるケースと実現する要件とは

対応2:退職金の不支給・減額

経営者としては、横領を行った社員に対して退職金を支払いたくないと考えるのが通常です。

就業規則において、懲戒解雇とされた場合には退職金を不支給・減額する旨の記載があれば、退職金を不支給・減額することが可能です。他方で、こうした定めがない場合には、退職金の不支給・減額は原則的にはできません。

もっとも、懲戒解雇が有効であったとしても、必ずしも退職金の不支給・減額が有効となるわけではありません。ただし、これまでの勤務の功労を消し去るほどの事由があるかどうかという点が考慮され、退職金の不支給・減額は無効とされることがあります。

近時の裁判例の傾向としては、全額不支給は無効とし、一部の支払を命じる例が目立ちますが、横領行為については、全額不支給は認められやすいといえるでしょう。例えば、不正な金銭の受領・着服を繰り返した事案について、被害額は18万5,300円と大きくはないものの、反省の態度がない等の事情から、不支給を認めた事案があります(北海道市町村職員退職手当組合事件・札幌高判2015年9月11日)。

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対応3:不法行為に基づく損害賠償請求

ここまでの対応は、会社と当該社員との雇用関係に基づく処置です。横領の場合、会社は当該社員に対して損害賠償の請求をすることができます。

ただし、横領行為の額にもよりますが、横領した金額を既に消費してしまっている場合も多いでしょう。その場合、実際には財産がないので、法的に損害賠償権を有していたとしても、回収することは困難なケースもあります。

そうした場合には、訴訟を提起するよりも、分割で弁済をさせた方が、最終的に回収できる金額が多くなる可能性があります。公正証書を作成しておくことで、仮に分割払いに不履行があった場合でも、訴訟提起をせずに強制執行の措置をとることができます。

訴訟にこだわらず、債務弁済公正証書を作成し、執行認諾文言(不履行があった場合には強制執行に服する旨の文言)を付すとよいでしょう。

対応4:被害届の提出、刑事告訴

横領の場合、会社は犯罪の被害者であるので、刑事上の手続として、警察署に被害届を提出することも可能です。

また、会社として、刑事訴追を求める意思が強い場合には、告訴状を提出することが考えられます。仮に告訴状を提出する場合には、管轄の警察署に事前に相談をしておくとスムーズです。

横領を未然に防止するには

横領は、時に大きな金額となる場合もあり、会社に多大な損害を被らせます。そして、必ずしも被害額が全て回収できるとも限りません。

また、中小企業における横領行為は、信頼が厚く、長年経理を担当してきたような社員が行うこと多く、社内における動揺も大きいです。

企業にとって一番良いのは、横領事件がおこらないこと。そのために、普段からダブルチェック体制を構築したり、定期的な人事異動によって権限の集中を防ぐなどをし、横領等の犯罪が行われにくい体制を構築しておくことも検討しましょう。

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