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パワハラ

違いは?パワハラと「認められた事例」と「認められなかった事例」【裁判例を弁護士が解説】

2022.04.15

職場におけるパワーハラスメント(以下、パワハラ)は、人格や尊厳を傷つけ、仕事への意欲を低下させ、心身の健康を悪化させるなど、労働者に深刻な影響を与えます。休職や退職に追い込まれ、命に関わるケースもあります。

企業(事業主)にとっても、パワハラに適切に対処できなければ、業績の悪化や人材流出を招き、法的責任を問われるおそれがあります。

こうした状況を踏まえ、2019年5月に労働施策総合推進法が改正され、事業主に職場でのパワハラ防止措置が義務付けられることになりました。同法は、2020年6月1日により施行され、本年4月1日より、中小企業の事業主にも義務化されます。

そこで本稿では、今一度パワハラの概念について整理したうえで、パワハラについて争われたいくつかの裁判事例を通して、実務上どのような言動がパワハラに該当したか・しなかったかについて解説します。

職場におけるパワーハラスメント(パワハラ)とは

パワハラは、「職場において行われる優越的な関係を背景とした言動であって、業務上必要かつ相当な範囲を超えたものにより、その雇用する労働者の就業環境が害されるもの」をいいます(労働施策総合推進法第30条の2第1項)。

具体的には、①身体的な攻撃(暴行・傷害)、②精神的な攻撃(脅迫・名誉毀損・侮辱・ひどい暴言)、③人間関係からの切り離し(隔離・仲間外し・無視)、④過大な要求(業務上明らかに不要なことや遂行不可能なことの強制・仕事の妨害)、⑤過小な要求(業務条の合理性なく能力や経験とかけ離れた程度の低い仕事を命じることや仕事を与えないこと)、⑥個の侵害(私的なことに過度に立ち入ること)が代表的な類型とされています。

もっとも、パワハラに該当するのは、“業務上必要かつ相当な範囲を超えた”言動であり、言動が“業務上の適正な指導”と言えるのであれば、問題ありません。

ただ、実際には、両者の区別が難しい場合があり、特に上司が部下を注意・指導・叱責する際に、それが“業務上必要かつ相当な範囲を超えた”ものとしてパワハラに該当するか否かは、判断に困難が伴う場合が少なくありません。

そこで、以下では、この点について問題となったケースについて、いくつか参考となる裁判例を見ていきます。

パワハラに該当するとされた裁判例

まず、上司の部下に対する注意・指導・叱責がパワハラに該当するとされた裁判例として、次のようなものが挙げられます。

A保険会社上司事件(東京高裁2005年4月20日判決)

事案は、上司が、エリア総合職で課長代理の地位(=数十名所属するユニットの3番目の席次)にある部下宛に、「……意欲がない、やる気がないなら、会社を辞めるべきだと思います。当SC(=サービスセンター)にとっても、会社にとっても損失そのものです。あなたの給料で業務職が何人雇えると思いますか。あなたの仕事なら業務職でも数倍の業績を挙げますよ。本日現在、搭乗(=搭乗者傷害保険)10件処理、○○さん(=中途入社2年目の専任職)17件。業務審査といい、これ以上、当SCに迷惑をかけないでください」などと赤文字で記載し、しかも、当該の部下と同じユニットの従業員数十名を宛先に含めてメールを送信した、というものです。

これについて判決は、「……本件メールの内容は、(上司が部下に対し)その地位に見合った処理件数に到達するよう叱咤激励する趣旨であることがうかがえないわけではなく、その目的は是認することができる」として目的の正当性を認めつつも、「……本メールの中には、……退職勧奨とも、会社にとって不必要な人間であるとも受け取られるおそれのある表現が盛り込まれており、これが部下本人のみならず同じ職種の従業員数十名にも送信されている。この表現は、……それ自体は正鵠を得ている面がないではないとしても、人の気持ちを逆撫でする侮辱的言辞と受け取られても仕方のない記載などの他の部分ともあいまって、部下の名誉感情をいたずらに毀損するものであることは明らかであり、……その表現において許容限度を超え、著しく相当性を欠くものであって、部下に対する不法行為を構成する……」と判示し、侮辱的表現を用いたことが部下の名誉感情を毀損するとして、部下に対するパワハラを認めました(慰謝料5万円を認容)。

U銀行事件(岡山地裁2012年4月19日判決)

事案は、支店長代理である上司が、脊髄空洞症等に罹患して約3か月半入院した後、約2か月半自宅療養を得て職場復帰した部下(後遺症により身体障害者等級4級と認定された)が業務上のミスをしたことについて、同人に対し、厳しい口調で「辞めてしまえ、○○以下だ」などといった表現を用いて、1回限りではなく頻繁に叱責した、というものです。

これについて判決は、「……ミス及び顧客トラブル……で上司に叱責されている内容からすると、部下が通常に比して仕事が遅く、役席に期待される水準の仕事ができてはいなかったといえる」として、叱責に至った事情については理解を示しつつも、「しかしながら、本件で行われたような叱責は、健常者であっても精神的にかなりの負担を負うものであるところ、脊髄空洞症による療養復帰直後であり、かつ、同症状の後遺症等が存する部下にとっては、さらに精神的に厳しいものであったと考えられること、それについて上司が全くの無配慮であったことに照らすと、上記部下自身の問題を踏まえても、上司の行為はパワーハラスメントに該当するといえる」として、部下の健康状態を踏まえて叱責の内容や態様を考慮し、部下に対するパワハラを認めました(慰謝料100万円を認容)。

ザ・ウィンザー・ホテルズインターナショナル事件(東京高裁2013年2月27日判決)

事案は、上司が部下に対し、直帰せずにいったん帰社するよう指示していたにもかかわらず、部下が上司の指示を無視して直帰したところ、上司が部下に対して、午後11時少し前に、「まだ銀座です。うらやましい。僕は一度も入学式や卒業式に出たことはありません」との内容のメールを送り、さらに午後11時過ぎに2度に渡って携帯電話に電話をし、「私、怒りました。明日、本部長のところへ、私、辞表出しますんで」などと怒りを露わにした留守電メッセージを入れた、というものです。

これについて判決は、「……留守電やメールの内容や語調、深夜の時間帯であることに加え、従前の部下の上司に対する態度に鑑みると、同留守電及びメールは、部下が帰社命令に違反したことへの注意を与えることよりも、部下に精神的苦痛を与えることに主眼がおかれたものと評価せざるを得ないから、部下に注意を与える目的もあったことを考慮しても、社会的相当性を欠き、不法行為を構成する……」と判示し、留守電やメールの主たる目的を考慮して、部下に対するパワハラを認めました(他の複数のパワハラ行為と合わせて、慰謝料150万円を認容)。

パワハラに該当しないとされた裁判例

以上に対し、上司の部下に対する注意・指導・叱責がパワハラには該当しないとされた裁判例としては、次のようなものが挙げられます。

前田道路事件(高松高裁2009年4月23日判決)

事案は、上司らが、架空出来高の計上などをした営業所長に対し、是正指示をしたところ、1年以上経過した時点においても是正されていなかったことから、上司が営業所長に対し、「東予営業所には1,800万から2,000万近い借金があるんだぞ」と現状を再確認した上で、「達成もできない返済計画を作っても業績検討会などにはならない」、「現時点で既に1,800万円の過剰計上の操作をしているのに過剰計上が解消できるのか。出来る訳がなかろうが」、「会社を辞めれば済むと思っているかもしれないが、辞めても楽にはならないぞ」などと叱責した、というものです。

これについて判決は、「……(本件の事情のもとでは)営業所長の上司らが営業所長に対して不正経理の解消や工事日報の作成についてある程度の厳しい改善指導をすることは、営業所長の上司らのなすべき正当な業務の範囲内にあるものというべきであり、社会通念上許容される業務上の指導の範囲を超えるものと評価することはできないから、上記のような営業所長に対する上司らの叱責等が違法なものということはできない」と判示し、本件具体的事情の下においては、厳しい改善指導をすることはなお正当であるとして、上司の営業所長に対するパワハラを否定しました。

医療法人財団健和会事件(東京地裁2009年10月15日判決)

事案は、病院の健康管理室に事務総合職として採用された部下が、約1か月の間に、データ入力ミス、検査結果通知へ住所の記載ミス、検査の順路案内表へのゴム印の失念・記載ミス、業務対応中の他の職員への質問、病歴を整理する書類への書き間違いなど単純ミスを繰り返していた。そのため、上司は、部下との定期面接において、同人に対し、ミスを減らすこと、学ぶ姿勢と意欲を見せること、メモを自宅で復習し自らの課題を確認して業務に励むよう厳しく指摘した。また、2度目の定期面接において、部下のミスは減ったものの、相変わらず学習していないこと、パート従業員から不満が出ていること、仕事覚えが遅くとも一生懸命やっているという意欲を見せて欲しいことなどを指摘した、というものです。

これについて判決は、「……上司の業務遂行について被告(病院)による教育・指導が不十分であったということはできず、……上司の事務処理上のミスや事務の不手際は、いずれも、正確性を要請される医療機関においては見過ごせないものであり、これに対する……都度の注意・指導は、必要かつ的確なものというほかない。そして、一般に医療事故は単純ミスがその原因の大きな部分を占めることは顕著な事実であり、そのため、上司が、部下を責任ある常勤スタッフとして育てるため、単純ミスを繰り返す部下に対して、時には厳しい指摘・指導や物言いをしたことが窺われるが、それは生命・健康を預かる職場の管理職が医療現場において当然になすべき業務上の指示の範囲内にとどまるものであり、到底違法ということはできない」と判示し、上司による部下に対するパワハラを否定しました。

経営者へのアドバイス

以上の裁判例を総合して見ると、上司の部下に対する注意・指導・叱責がパワハラに該当するか否かは、第1に、注意・指導・叱責などが業務上の必要性に基づくものであるかがポイントとなります。業務上の必要性のないものであれば、パワハラとされる可能性が高いでしょう。

第2に、注意・指導・叱責などに業務上の必要性が認められるとしても、これらの内容や態様が具体的状況のもとで相当な範囲のものといえるかがポイントになります。相当な範囲を超えるものであれば、やはりパワハラとされる可能性が高いでしょう。

 

したがって、上司の部下に対する注意・指導・叱責においては、業務上の必要性と、具体的状況のもとにおける内容や態様の相当性という2点について注意することが大切となります。

※文中…は略を示す

*OKADA、こんざい、Nan0808 / PIXTA(ピクスタ)

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