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パワハラ

パワハラが発覚したとき、会社の法的責任を回避するには?【事例・弁護士が解説】

2022.05.09

2022年4月1日から、いわゆるパワハラ防止法(労働施策総合推進法30条の2)が中小企業に対しても施行され、会社はパワーハラスメント(以下、パワハラ)を防止する措置を講じなければなりません。こうした動きもあり、今後、社内でのパワハラに関するトラブルは増加することが考えられます。

社内でパワハラの事実が発覚した場合、被害者に対してまず法的責任を負うのはパワハラをした従業員個人です。では、会社はどうでしょうか? 社内でパワハラが発覚しても、一定の措置を講じていれば会社としての法的責任は免れることもあります。

そこで本稿では、従業員にパワハラが認められた場合に、会社が法的責任を問われないためにはどのような措置を講じていればよいか、裁判例を踏まえて解説します。

従業員と会社が負う責任の法的根拠の違い

従業員の行為がパワハラとされた場合でも、会社としての法的責任はないとされるのは、従業員が被害者に対して法的責任を負う根拠と、会社が被害者に対して法的責任を負う根拠が異なるためです。

パワハラを行った従業員が、被害者に対して法的責任を負うのは、一般に「被害者の人格権を侵害したから」とされています(暴力を伴うような場合には、身体・健康の利益に対する侵害になります)。

他方で、会社がパワハラの被害者に対して法的責任を負うのは、会社が安全配慮義務(労働契約法第5条)の一環として負う「職場環境配慮義務に違反したから」という点にあります(法的根拠としては、不法行為(民法709条)、使用者責任(民法715条)ないしは債務不履行責任(民法415条)があり得ます)。

こうした法的責任の根拠の違いから、仮に従業員の行為がパワハラに該当するとしても、会社としては法的責任を免れる場合があることになります。

裁判例から見るパワハラに対する会社の責任

職場環境配慮義務の一般論

上記のとおり、会社がパワハラ被害者に対して法的責任を負うのは、“職場環境配慮義務”に違反したことが根拠となります。

「職場環境配慮義務」をより詳しく説明すると、裁判例では、「使用者は、被用者に対し、……被用者にとって働きやすい職場環境を保つように配慮すべき義務(職場環境配慮義務)を負っており、……パワーハラスメント行為等を未然に防止するための相談態勢(原文ママ)を整備したり、パワーハラスメント行為等が発生した場合には迅速に事後対応をしたりするなど、当該使用者の実情に応じて対応すべき義務がある」とされています(後述福島地裁)。

以下、職場環境配慮義務違反が肯定されたケースと否定されたケースをそれぞれ見てみましょう。

企業の責任が肯定されたケース

(1)社会福祉法人A事件(福島地裁郡山支部平成25年8月16日判決)

この事案では、保育園を経営するW社が、園長のパワハラに対して、従業員から損害賠償の請求がされました。

裁判所は、園長の行為がパワハラであることを前提として、

・園長のパワハラの事実等を相談されていたにもかかわらず、調査等が行われていないこと
・当該従業員らが市や県に相談し、園長は市や県から指導されていたにもかかわらず、W社としては特段の調査や対応をせず、むしろこれを理由に雇用期間を有期雇用とする辞令を出したり、減給したりする等の不当な処分を行っていたこと
を理由として会社の職場環境配慮義務違反を肯定しました(なお、この事案では、競合不法行為(民法719条)が認められています。)。

(2)ゆうちょ銀行事件(徳島地判平成30年7月9日判決)

この事案では、ゆうちょ銀行の従業員が自殺したことを受け、遺族が上司らからのパワハラが原因として、損害賠償を請求した事案です。

裁判所は、上司らと従業員との間に、パワハラとは明言されていないもの、人間関係上の問題があったことを前提として、

・従業員が外部窓口や相談窓口に申告していないとしても、ゆうちょ銀行には従業員の体調不良や自殺願望が上司らとの人間関係に起因することを容易に想定できたこと
・ゆうちょ銀行としては異動を含めた対応を検討すべきであったのに、業務負担を軽減するのみでこれをしなかったこと

を理由として、ゆうちょ銀行の安全配慮義務違反を認めました(ここでは、「職場環境配慮義務」という言葉は使われていません)。

企業の責任が否定されたケース

(1)関西ケーズデンキ事件(大津地方裁判所平成30年5月24日判決)

この事案では、関西ケーズデンキの従業員であるAがEに対して不当な配置転換の指示がパワハラであるとして、会社に対して損害賠償請求がなされました(なお、Eは自殺したためEの遺族が訴訟を提起しています)。

裁判所は、Dの行為がパワハラであることを前提として、

・関西ケーズデンキでは管理職従業員に対してパワハラ防止の研修を行い、パワハラ相談窓口を設置・周知しており、パワハラ防止の啓もう活動、注意喚起をしていること
・相談窓口からの相談を受けて上記配置転換を実施しないよう指示されており、相談窓口が機能していたこと

を理由として、パワハラ防止のための施策を講じており、相談窓口体制も整備されていたとして、職場環境整備義務違反はないとしました。

(2)マツヤデンキ事件(大阪高判令和2年11月13日判決)

この事案では、マツヤデンキの従業員が、上司らから暴行を受けたとして、マツヤデンキに対して損害賠償の請求をしました。

裁判所は、上司らの暴行があることを前提に、

・本件の暴行の前にFに対する暴行があったわけではなく、従業員がマツヤデンキに相談をしたことはないこと
・暴行は咄嗟に行われたものであること
・従業員は注意指導が困難な従業員と受け止められていたからといって、暴力を伴う指導叱責がされることは予見できないこと

を挙げ、マツヤデンキの安全配慮義務違反ないとしました(なお、この事件の第1審判決では、3つ目の点を捉え、暴力を伴う指導叱責が予見できたとして、安全配慮義務違反を肯定していました)。

裁判例を踏まえた対応のポイント

裁判例を踏まえると、会社が職場環境整備義務に違反していないとされるためには、次の4点がポイントとなります。

ポイント1:申告を受けた場合には迅速、適切な調査を実施

上記の裁判例を踏まえると、少なくともパワハラの相談を受けた場合には、迅速に事実関係の調査をする必要があります。パワハラが疑われる事実の申告があったのに、漫然と放置していたような場合には、職場環境整備義務違反となる可能性があります。

ポイント2:調査結果を踏まえた適切な対応

ポイント1のとおり調査を行い、従業員が行った行為がパワハラに該当すると判断した場合には、これを踏まえて適切な対応をする必要があります。この点、申告がなくとも、パワハラの事実を認識したのであれば、同様です。

対応の方法としては、事案によっては注意指導で足りる場合もありますが、検討の中心となるのは懲戒処分です。懲戒処分を有効に行うためには、就業規則上の根拠が必要になるため、パワハラが懲戒処分の対象となることを就業規則上も明確にしておきましょう。

ポイント3:配置転換や席替え等で被害拡大を回避

懲戒処分等とは別に、さらなる被害拡大を抑えるため、配置転換や席替え等に加害者と被害者との関係性に配慮しましょう。

なお、時折、被害者に対して配置転換や席替えを実施されることがあります。これは良かれと思ってのこともありますが、被害者にとっては二次被害であるので、被害者ではなく加害者を配置転換等すべきです。

ポイント4:パワハラが起きない体制の整備

ポイント1~3はパワハラの申告があった後の対応ですが、そもそもパワハラが起きないようにする事前の措置も重要です。

裁判例を踏まえると、①全社員又は少なくとも管理職層に対してパワハラ防止研修を行うなど、パワハラ防止の啓もう活動を行っておくこと、②パワハラに対して厳粛に対処する旨の会社の方針を明確に周知する、③パワハラに対する相談窓口を設置し、これが機能していることが求められるといえるでしょう。

まずは法令上求められる防止措置を講じておく

冒頭述べたとおり、2022年4月1日から、中小企業にもパワハラ防止法が施行されており、企業は以下のような措置を講じる必要があります。

(1)パワハラに対する事業主の方針の明確化及びその周知・啓発
(2)相談に応じ、適切に対応するために必要な体制の整備(相談窓口)
(3)職場におけるパワハラへの事後の迅速かつ適切な対応
(4)併せて講ずべき措置(プライバシー保護、不利益取扱いの禁止等)

これらの措置義務は国との関係での義務であり、直ちに従業員に対する法的義務となるわけではありません。しかし実際上、会社の職場環境構築義務違反の有無の判断に大きく影響します。

職場環境構築義務違反の判断は、個別具体のケースによるところが大きいものですが、まずはこの法令上求められている措置義務を講じていくところから始めましょう。

【こちらの記事も】違いは?パワハラと「認められた事例」と「認められなかった事例」【裁判例を弁護士が解説】

*mits、builderB、nonpii / PIXTA(ピクスタ)