◆◆
コンピテンシーを磨けば仕事のできる人になれる◆◆
<第210回>できる人の
コンピテンシーをベンチマークする!
==■「角界で
定年まで勤め上げた東関親方の忍耐力!」■==
===================================
人は誰でも能力を保有しています。しかし、せっかくの保有能力が宝の持ち腐れとなり、成果に結び付けられない人が実に多いのです。
「できる人の
コンピテンシーをベンチマークする!」と題して事例を解説していきます。
コンピテンシーを磨けば誰でも仕事のできる人に自己変革できます。経営トップ・管理者・社員の皆様、そして求職中の
離職者の方や就職を目指す学生さんにも是非ともお読みいただきたいと思います。
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<今回のメニュー>
=================================
【1】目の汗です!
【2】努力は誰にも負けない辛抱の関取!
【3】笑顔の引退会見!
【4】今日のまとめ
【5】編集後記
=================================
私は近年益々相撲を見ないし誰が優勝しても関心もない。国技といいながら上位力士は外国
人力士ばかりで優勝も外国人力士ばかりだ。
栃若(栃錦、初代若乃花)時代、柏鵬(柏戸、大鵬)時代は全国民が相撲を愛した。特に
「巨人、大鵬、玉子焼き」というキーワードがはやった時代が懐かしい。子供の好きなもの
は王選手と長嶋選手のいる巨人、相撲では大鵬、ハンバーグなどがポピュラーでなかったと
きの玉子焼きは子供の大好物だった。
初めて外国人の幕内力士が誕生したのはハワイから来た高見山だった。高砂親方(元横綱前
田山)にスカウトされて19歳で角界に入門、最高位は関脇。幕の内最高優勝の経験もある。
引退後東関部屋を興して独立し、相撲界に貢献し横綱曙を育てた。このほど65歳の
定年を
迎えた。米国名がジェシーであることは多くの人が知っている。今回はそのジェシーの人間
コンピテンーを採り挙げる。
【1】目の汗です!
外国人力士花盛りだが中心はモンゴル勢だ。彼らは子供のときからモンゴル相撲に慣れ親し
んでいる者も多い。だから日本人力士を直ぐに追い越してしまうのではないだろうか。
外国人力士は最初トンガ王国から数名やってきた。しかしトンガ人は大成することもなく皆
帰ってしまった。だから外国人の幕内力士のパイオニアは今回
定年を迎えた元高見山という
ことになる。19歳で角界に入門したが言葉の壁と兄弟子たちのいじめに泣いた。
兄弟子たちは鼻をつまんで「ハナ」、耳を引っ張って「ミミ」、頭を小突いて「アタマ」と
言いながら日本語を教えたという。腰高の体型だから叩かれると前に落ちてしまう。体が硬
いから股割りは大の苦手だった。愛の鞭に耐えながらがんばった。目からはしょっちゅう大
粒の涙が。
「ジェシー、泣いてんのか」と罵声が飛ぶと「目の汗です」と言い返したという。根性、忍
耐、辛抱。日本の伝統的な言葉の意味もよく理解していたそうだ。
【2】努力は誰にも負けない辛抱の関取!
幕内力士になる人は皆努力家だ。大学の相撲部で活躍し、学生横綱になったりして、鳴り物
入りで角界に飛び込んだ力士もいるが大概は中卒で入門する。私は大学出の横綱は輪島ぐら
いしか知らない。
中卒で親元を離れて入門する日本人力士でも挫折して去る人は多い。そんな中、幕の内最高
優勝も経験し、関脇まで上りつめたジェシーの努力はなみなみならないものがあった。
確かに大関になった小錦、横綱になった曙が後に続いたが、引退後角界には残らなかった。
小錦にいたっては「自分が横綱になれないのは外国人だから」と記者団にわめいたこともあ
った。
本名として「渡辺大五郎」を名乗った東関親方はとても親密感のある人だった。独特のハス
キーボイスと破顔のスマイルはフアンを惹きつける不思議な魅力がある。
【3】笑顔の引退会見!
平成21年5月24日の夏場所千秋楽、東関親方は角界に別れを告げた。65歳の
定年を前
にして最後の本場所を勤め上げた。
元幕内力士で十両の潮丸が部屋の後継者に決まり、東関部屋は存続することになった。ほっ
と一安心だ。
「この社会で努力と辛抱を学んだ。相撲は彼女と一緒でした」。いつものハスキーボイスだ。
両国国技館の正面入り口の木戸に座る東関親方の前には人盛りができた。「今日はたくさん
の人と握手した。長い間ありがとう。皆さん相撲をもっと愛して下さい」と。最も気になる
のはやはり相撲人気が盛り上がらないことだろう。
そして最後に「日本の力士ががんばらなければ」とエールを送った。老後は子供たちのいる
ハワイやニューヨークでのんびり暮らすそうだ。
【5】編集後記
ジェシーは日本人よりも日本人らしい外国人力士だった。19歳で来日し45年間角界に貢
献した功績は大きい。
相撲界でこれほど日本人に愛され続けた外国人はいなかった。人間
コンピテンシー抜群の人
だった。我々は決してジェシーを忘れない。
次回に続く
★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★
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発行責任者:さいたま市中央区上落合5丁目19-29
彩愛コンサルピア代表 下山明央
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==■「角界で定年まで勤め上げた東関親方の忍耐力!」■==
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人は誰でも能力を保有しています。しかし、せっかくの保有能力が宝の持ち腐れとなり、成果に結び付けられない人が実に多いのです。
「できる人のコンピテンシーをベンチマークする!」と題して事例を解説していきます。
コンピテンシーを磨けば誰でも仕事のできる人に自己変革できます。経営トップ・管理者・社員の皆様、そして求職中の離職者の方や就職を目指す学生さんにも是非ともお読みいただきたいと思います。
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<今回のメニュー>
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【1】目の汗です!
【2】努力は誰にも負けない辛抱の関取!
【3】笑顔の引退会見!
【4】今日のまとめ
【5】編集後記
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私は近年益々相撲を見ないし誰が優勝しても関心もない。国技といいながら上位力士は外国
人力士ばかりで優勝も外国人力士ばかりだ。
栃若(栃錦、初代若乃花)時代、柏鵬(柏戸、大鵬)時代は全国民が相撲を愛した。特に
「巨人、大鵬、玉子焼き」というキーワードがはやった時代が懐かしい。子供の好きなもの
は王選手と長嶋選手のいる巨人、相撲では大鵬、ハンバーグなどがポピュラーでなかったと
きの玉子焼きは子供の大好物だった。
初めて外国人の幕内力士が誕生したのはハワイから来た高見山だった。高砂親方(元横綱前
田山)にスカウトされて19歳で角界に入門、最高位は関脇。幕の内最高優勝の経験もある。
引退後東関部屋を興して独立し、相撲界に貢献し横綱曙を育てた。このほど65歳の定年を
迎えた。米国名がジェシーであることは多くの人が知っている。今回はそのジェシーの人間
コンピテンーを採り挙げる。
【1】目の汗です!
外国人力士花盛りだが中心はモンゴル勢だ。彼らは子供のときからモンゴル相撲に慣れ親し
んでいる者も多い。だから日本人力士を直ぐに追い越してしまうのではないだろうか。
外国人力士は最初トンガ王国から数名やってきた。しかしトンガ人は大成することもなく皆
帰ってしまった。だから外国人の幕内力士のパイオニアは今回定年を迎えた元高見山という
ことになる。19歳で角界に入門したが言葉の壁と兄弟子たちのいじめに泣いた。
兄弟子たちは鼻をつまんで「ハナ」、耳を引っ張って「ミミ」、頭を小突いて「アタマ」と
言いながら日本語を教えたという。腰高の体型だから叩かれると前に落ちてしまう。体が硬
いから股割りは大の苦手だった。愛の鞭に耐えながらがんばった。目からはしょっちゅう大
粒の涙が。
「ジェシー、泣いてんのか」と罵声が飛ぶと「目の汗です」と言い返したという。根性、忍
耐、辛抱。日本の伝統的な言葉の意味もよく理解していたそうだ。
【2】努力は誰にも負けない辛抱の関取!
幕内力士になる人は皆努力家だ。大学の相撲部で活躍し、学生横綱になったりして、鳴り物
入りで角界に飛び込んだ力士もいるが大概は中卒で入門する。私は大学出の横綱は輪島ぐら
いしか知らない。
中卒で親元を離れて入門する日本人力士でも挫折して去る人は多い。そんな中、幕の内最高
優勝も経験し、関脇まで上りつめたジェシーの努力はなみなみならないものがあった。
確かに大関になった小錦、横綱になった曙が後に続いたが、引退後角界には残らなかった。
小錦にいたっては「自分が横綱になれないのは外国人だから」と記者団にわめいたこともあ
った。
本名として「渡辺大五郎」を名乗った東関親方はとても親密感のある人だった。独特のハス
キーボイスと破顔のスマイルはフアンを惹きつける不思議な魅力がある。
【3】笑顔の引退会見!
平成21年5月24日の夏場所千秋楽、東関親方は角界に別れを告げた。65歳の定年を前
にして最後の本場所を勤め上げた。
元幕内力士で十両の潮丸が部屋の後継者に決まり、東関部屋は存続することになった。ほっ
と一安心だ。
「この社会で努力と辛抱を学んだ。相撲は彼女と一緒でした」。いつものハスキーボイスだ。
両国国技館の正面入り口の木戸に座る東関親方の前には人盛りができた。「今日はたくさん
の人と握手した。長い間ありがとう。皆さん相撲をもっと愛して下さい」と。最も気になる
のはやはり相撲人気が盛り上がらないことだろう。
そして最後に「日本の力士ががんばらなければ」とエールを送った。老後は子供たちのいる
ハワイやニューヨークでのんびり暮らすそうだ。
【5】編集後記
ジェシーは日本人よりも日本人らしい外国人力士だった。19歳で来日し45年間角界に貢
献した功績は大きい。
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だった。我々は決してジェシーを忘れない。
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