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悩む経営者

退職した社員が顧客を横取り?「競業避止義務」の重要性とトラブル事例【弁護士が解説】

2023.02.01

社員が退職した後、競業他社へ転職したり、競業となる会社を設立し事業を開始することがあります。こうした元社員による競業行為は、自社での経験を活かして自社と利益の取り合いになる行為であり、会社としてはこのような競業を禁止したいところです。他方で、退職した社員には職業選択の自由が保障されており、どこまで”競業避止義務(きょうぎょうひしぎむ)”を厳格に課すことができるかは悩ましい問題です。そこで本稿では、弁護士である筆者が退職した社員に対する競業避止義務について解説します。

「競業避止義務」とは

”競業避止義務”とは、使用者と競合する業務を行わない義務をいいます。ただし、”競業避止義務”自体は、法律上定義付けられた概念ではなく、具体的な内容は各社の就業規則の定めによります。一般的には、自ら競業会社を設立し競業する事業を営む行為だけでなく、競業他社に転職することも含むことが多いです。

「競業避止義務」と「守秘義務」の違い

近い概念として、”守秘義務”があります。守秘義務もまた退職した社員との関係で問題となることが多いですが、”競業避止義務”と”守秘義務”は異なります。競業避止義務は、上記のとおり競業他社に転職すること等を禁止するものですが、守秘義務は、競業他社に転職すること等自体を禁止はしていないものの、転職した先で、守秘義務を課された情報を漏えいすること禁止するものです。”守秘義務違反”と”競業避止義務違反”は重なることもあり、同時に問題となることも多いです。

競業避止義務を課すには

競業避止義務は、必ずしも退職後にのみ問題になるわけではなく、在職中にも問題になります。この場合、副業・兼業の禁止も問題になります。在職中の競業避止義務については、雇用契約書や就業規則上に明示的な定めがなくても、信義則上、雇用契約の付随義務として当然に競業避止義務を負うとされています。

他方で、退職後については、退職後は既に雇用契約関係が終了しているので、労働契約の付随義務として当然に競業避止義務が課されるわけではありません。そのため、退職後に競業避止義務を課すためには、雇用契約書や就業規則、退職合意書等によって明示的に競業避止義務を定めておくことが必要と考えられています。

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競業避止義務の範囲は制限される傾向にある

上記のとおり、退職後の従業員に対して競業避止義務を課すためには、雇用契約や退職合意書等によってこれを合意しておくか、就業規則においてこれを明示しておくことが必要になります。もっとも、こうした措置を講じていたとしても、当然に無制限に競業避止義務を課すことができるわけではありません。というのは、従業員には、憲法上、職業選択の自由(憲法第22条第1項)が保障されており、この憲法上の権利とのバランスを図る必要があることから、一定の期間・地域等に限定されます。これは、仮に就業規則や雇用契約書等において”無期限・無制限”の競業避止義務を定めていたとしても、合理的な範囲を超える部分は公序良俗違反として無効となります。

【参考】日本国憲法 第三章/衆議院

裁判例では、一般に以下4つの基準によって判断されます。

①競業避止義務の目的
②在職中の従業員の地位
③競業避止義務の範囲(地理的範囲、時間的範囲)
④代償措置の有無等に照らして合理性があるか否か

①の目的について、企業経営者としては、「当社で働いていた人間が競業他社に流失することは困る」という人材流失防止の目的を有していることが多いですが、単に人材流失防止の目的だけでは”正当な目的”とは認められず、企業秘密やノウハウ等の漏えいを防止するといった企業利益の保護の目的であることが必要となります。

また、よく問題になるのは、③競業避止義務違反の時間的範囲(期間)です。これに関しては、”退職後無制限”と定められていたり、”5年間”と定められていたり、長期間の競業避止義務が課されている例も見かけます。

しかし、競業避止義務の期間が長ければ長いほど職業選択の自由に対する制限は強くなりますし、企業にとって保護されるべき情報の価値も逓減していきますので、あまりに長い競業避止義務の期間は、無効になる可能性が高いです。最終的には諸般の事情を総合的に考慮せざるを得ないため、”◯年なら有効”と画一的には言い難いところですが、1年間より長い期間では、通常は長期間に過ぎるとして無効となる可能性が高いでしょう。

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退職後に競業避止義務違反が発覚した場合の対応は?

さて、上記のように制約があり得るものの、従業員が退職後の競業避止義務に反して競業行為を行っていた場合、会社としては、以下の措置を講じることができます。

(1) 競業行為によって生じた損害賠償請求
(2) 競業行為の差止請求
(3) 退職金の不支給又は減額処分

最後の”退職金の不支給又は減額処分”は、就業規則上の根拠が必要になります。いずれの対応においても、上記で述べたとおり、競業避止の合意・定めの有効性が問題になります。

裁判例から見るトラブル事例

競業避止義務違反が問題となったトラブル事例は多くあります。本稿では、以下の2件の事例をご紹介いたします。

事例1)ヤマダ電機事件(東京地判平成19年4月24日)

この事案は、家電量販店であるヤマダ電機において、約8年間勤務し地区部長や店長等を務めていた従業員が、退職後に派遣社員として競業他社で労働に従事したことを理由に損害賠償請求がなされた事案です。

この事案では、退職時に「役職者誓約書」として、1年間の競業避止義務が課されていました。裁判所は、当該従業員が店舗における販売方法や人事管理の在り方といった全社的な経営戦略等を熟知できる立場にあったこと、これによりヤマダ電機は不利益を被ることが容易に予想されること、”1年間”という期間も不当に長期ではないといえること等から、競業避止義務の合意を有効とし、ヤマダ電機からの損害賠償請求を認めました。

事例2)アサヒプリテック事件(福岡地判平成19年10月5日)

この事案は、「歯科用合金スクラップ・電子材料等の買取り・貴金属の回収をするリサイクル業等を目的とする会社」で約12年勤務し、在職中、歯科医院や技工所等から排出される歯科用合金スクラップの買取業務に従事していた従業員が、退職後、個人で同様の事業を開始したことを理由に損害賠償請求等を行った事案です。

裁判所は、当該従業員が役職者ではなく一般社員であったこと、顧客情報等の秘密性は乏しかったこと、2年間又は3年間という競業避止義務の期間は、雇用保険の失業保険の受給期間を超えていること、代償措置を講じた事実が認められないことから、競業避止義務の合意は無効であるとして、会社からの請求を認めませんでした。

上記の事案のように、競業避止義務の合意が有効となるかはまさにケースバイケースと言えますが、競業避止義務が「企業秘密やノウハウの漏えい防止」の目的であることからすると、企業秘密に触れる立場にない一般社員やアルバイト等に対しては競業避止義務を課すことは難しいといえます。他方で、役職者であった者等の場合には、企業秘密を知り得る立場にあったため、一定期間競業避止義務を課すことにも合理性が認められることがあるといえます。

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退職後にトラブルにならないようにするためにできること

退職後のトラブルへの対応のためにまず必要であるのは、退職後の競業避止義務を就業規則や退職合意書、誓約書等で明確に定めておくことです。ただし、競業避止義務は無制限に有効となるわけではありません。あくまで筆者の感覚的なところですが、競業避止義務が有効となるケースは、中小企業経営者が想定しているよりも狭い印象があります。特に、人手不足である企業においては、「他社に転職することは許せない」という感情が強くでてしまいがちですが、上記のとおり”転職防止”のための競業避止義務は、正当な目的ではないとされています。

重要であるのは、競業避止義務を過信せずに、企業秘密等の重要な情報に触れる立場に就く社員の範囲をしぼるなど、企業秘密の保護をまず優先させるべきでしょう。そのうえで一般社員を役職者に就任させる場合等には、その段階でも競業避止義務の誓約書の提出を求めるなどし、社員に対して意識付けするとともに、信頼関係を築いていくことが肝要といえるでしょう。

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