「人的資本経営」に腹落ちしていない経営者へ。やさしいと強いが両立する会社のつくりかた
多くの中小企業が人材不足に直面していますが、労働人口や出生数の推移を見ると、この問題が今後も容易に解決される見込みは低いといえます。DXやAIなどの進化もめまぐるしい世の中ですが、一方で「では人はどう働くべきか」ということを真剣に問い直すことが今、経営者には求められているのではないでしょうか。
目次
今、「人的資本経営」が求められる背景
そんななか、最近は「人的資本経営」という言葉が大きくクローズアップされるようになりました。とはいえ、「人的資本経営」や「ウィルビーイング経営」など注目の人材領域のキーワードに対して、本心では「そんなおやさしいことでは経営はままならない」と腹落ちしていない経営者も多いのではないでしょうか。
本コラムでは「人的資本経営」と「ウェルビーイング経営」をテーマに、これから求められる“人”にフォーカスした経営とは何かを考え、これからは“人にやさしい会社が強い会社になる”ということについて紐解いていきたいと思います。
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人的資本経営とは
「人的資本経営」とは、その字のごとく人材はコストではなく資本、さらにいうと企業の資産であるという考え方です。社員一人ひとりの能力や経験を最大限に引き出すことで中長期的な企業価値を上げることを目指します。
人材不足の昨今では、採用した人材を「いかに育て」「いかに貢献してもらうか」が課題になっています。「辞めたらまた雇えばいい」というような人材に対する考え方は、経営基盤そのものを揺るがす大きなリスクです。
今は、人がいないこと(社員の高齢化や若手採用難など)が企業の存続の危機になっています。筆者もコロナ禍をきっかけにした“廃業”のお手伝いを何件かしましたが、廃業を決意する理由はまさに“人がいない”でした。
「コロナ融資などで借り入れをしてもよいけど、これから10年借り入れを返済していく人材がいない。社員も高齢化しているし、どうせ採用も難しいなら、このタイミングで事業を辞めたい」こんな声がほとんどでした。
実はコロナ禍そのもので廃業したのではなく、コロナ禍をきっかけにして、「本当に今の体制でこれから10年大丈夫か」と判断した結果なのです。経営を継続していくために企業にとって本当に足りないものは、実は“カネ”ではなく“人”であるということを私自身が最も痛感した出来事でした。
御社は人件費に対して、経費としてではなく投資としての認識を持てているでしょうか。人が資産であるならば、毎月経営者の皆さんが社員さんにお支払いしているお給料はコストではなく“投資”です。その視点を持つことが「人的資本経営」の出発点です。
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ウェルビーイング経営とは
また、最近聞かれる「ウェルビーイング経営」という言葉も、社員の“身体的な健康”“精神的な幸福”“理念経営”の3つの軸をそれぞれ高めていく経営アプローチです。どこか自社とは関係ない理想論のように感じている経営者の方も多いのではないでしょうか。言葉は知っていても、具体的な行動になかなか移しにくいという声をよく聞きます。
前述した人材不足を背景として、“人”にフォーカスした考え方がクローズアップされています。企業として「人的資本経営」を土台にして考えたとき「ウェルビーイング経営」は避けては通れない部分になってきます。
「人的資本経営」と「ウェルビーイング経営」の関連性は?具体的手法および注意点
「人的資本経営」を土台にして経営していくための指針となる「ウェルビーイング経営」の考え方をただの理想論と片づけられない理由として、2つのキーワードを挙げたいと思います。“多様性”と“価値観の一致”です。
働き方改革でも、個々の事情に応じて多様な働き方が選べる社会の実現を目指すということがいわれてきました。 これは実は人材不足の中小企業だからこそ、最も取り組むべきテーマです。人材不足なのに、一昔前のように「男性だとできない仕事だ」「30代限定」「正社員じゃないと」といっている余裕はありません。性別・年齢・雇用形態に関係なく、たとえば、シニアの人でも時短勤務や在宅勤務でも取り組める業務の仕組みや環境をつくらなかったとしたら、10年後あなたの会社はどのようになっているでしょうか。考えてみてください。
「多様性」をキーワードに対応すれば、どのような人も働きやすい環境や仕組みを取り入れることができます。具体的な制度や取り組みは、以下のようなことです。
- フレックスタイム制度やリモートワーク制度の導入
- 健康アプリやウェルネスプログラムの導入
- キャリアオーナーシップの促進 など
人を大切にする経営とは、“個”を大切にする、すなわち多様性を大切にするということにつながります。そう聞いた経営側は、一つ間違えると「社員それぞれのわがままに全部応えるなんて無理だよ」という解釈に偏りがちです。しかし、待遇面のみにフォーカスするのではなく、一人の社員の結婚や育児、介護などさまざまな生活環境の変化に企業が対応すると考えるとどうでしょうか。
これは“社員のわがままに応える制度”ではなく「長く働いてもらい、知識や経験でもっと会社に貢献してもらう」「働くスタイルを変えながら心身共に健康に働き続けてもらう」という、まさに会社にとっての大きなメリットにつながる取り組みとなるのです。
【参考】「働き方改革」の実現に向けて/厚生労働省
雇用条件や環境のみにフォーカスしない
また、「価値観の一致」という部分も、さまざまな制度の導入目的を考えるうえで筆者が最も大事にしている点です。
雇用条件や環境面のみにフォーカスしてしまうと、他社との“好条件競争”が始まります。「あの会社がこんな福利厚生をしているから」「あの制度は最近大企業でもやっているみたいだから」と表面上で比較してしまいがちです。その結果、リソースの問題で断念したり自社でうまく機能しなかったりします。そのとき多くの中小企業経営者は「人的資本経営?ウェルビーイング経営?そんなの大手企業のうたい文句でしょ」という結論に着地させてしまうのです。
最も大事なのは雇用条件や環境ではなく価値観の一致をベースにしているかという部分です。表面だけを捉えていると、社員はもっとよい条件の会社に転職してしまうと思います。そのときに大事なのは自社の“理念”です。この会社が提供できる価値や存在意義、ここで働く社員はどうあるべきか。また、ビジョンとして今後の目指すべき成長の姿。このような価値観を一致させることが社員の帰属意識や「この会社で働けてよかった」という満足感、やりがいにつながります。これを抜きにして、人材育成を形式的に行ったところで人的資本の価値向上にはつながりません。
多くの会社に企業理念はあるのに、活かしきれていないことは実はとてももったいないことなのです。自社の理念はただの標語になっていないでしょうか?
個が孤立にならないオフィスの工夫
リモートワークやフレックスばかりだと、社員それぞれが対面で話す機会が減ってしまいます。“個”を尊重するあまり“孤立”状態になりがちなのも現在問題点としてクローズアップされています。これらも、週一の出社を推奨したり、バーチャルオフィスを導入したり、フリーアドレスやスペースの確保での両立を目指す具体的な策はあります。しかし、根っこの部分では“会社への帰属意識”、要するに理念やビジョンを社員に伝えるメッセージをどれくらい発信しているかが“孤立”解消の鍵なのです。
社員からの日報や週報などにきちんとレスポンスを返せているでしょうか。顧客からの声を社内で共有できているでしょうか。社内トラブルや問題点を全社員の課題として共有できているでしょうか。実はそんな簡単な取り組みから会社の風土はできていくのだと思います。
まとめ
やさしいと強いが両立する会社というのはとても難しいことだと思います。社員に迎合しがちな1on1も認識が偏っている事象のひとつです。傾聴はしますが、迎合はしなくてよい。多様性は認めるが会社のあるべき姿は社員全員に共有してもらうし、納得してもらうまで伝える努力を企業が行う。自立し、成長意欲が高い人材を育てようと思うならば、表面上のノウハウやどこかの会社の事例を真似る前に自社オリジナルの“人的資本とは何か”“社員の健康、幸福とは何か”について経営者ご自身が立ち止まって考えることからスタートするのが大切なのかもしれません。
*Day Of Victory Studio,fizkes,PeopleImages.com – Yuri A,batjaket,Andrey_Popov,metamorworks,imtmphoto / shutterstock
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