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シリーズ「優れた経営者の
コンピテンシーを学ぶ!」
<第342回>[(第40話)「限界集落を蘇らせた元農協職員横石氏の革新志向!」
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今話題の「会社を救う
コンピテンシー」とは何かと
コンピテンシーの導入の必要
性について、分かりやすく解説します。今回のシリーズでは、「優れた経営者の
コンピテンシーを学ぶ!」と題して様々な角度から鋭く分析した記事を紹介して
いきます。中小企業の経営者の方、管理者の方、
人事担当者の方に是非ともお読
みいただきたいと思います。
===========================
今回のメニュー
【1】心に刻んでおきたい言葉
【2】メルマガ本論
1.葉っぱビジネスの提案に上司も村人も冷たい反応!
2.事業は軌道に乗るが農協職員横石氏は村を去る決意!
3.車の前に立ちはだかるおばあちゃん、そして会社設立へ!
【3】今日のまとめ
【4】編集後記
===========================
日本全国に限界集落が何と7,800ケ所もある。そのうち2,000ケ所は消えていく運
命にあるというから恐ろしい。
四国は徳島県、上勝町。人口は2,000人、二人に一人は65歳以上の高齢者だ。
若い人が働く職場などない。人口は流出するばかりだった。役所のサービスは益
々低下するから高齢者までが息子や娘を頼って村を去る。
林業は輸入木材に押されて需要消滅。みかんが頼みの綱だったが1981年の大寒波
でみかんの木の8割が枯れてしまった。生活の糧を失った農家の主は出稼ぎに出
るしかなかった。みかんの苗木を植えても実がなるまで7~8年も掛かってしま
うからだ。
農協に一人の若者がいた。横石知二氏だった。何とか村を活気付けたいとみかん
に代わる特産品を考えたが、なかなかいいアイディアがなかった。野菜の出荷で
大阪に出張したと卸売市場で働く友人と行った和食レストランで彼は不思議な光
景に遭遇した。
少し離れたテーブルで食事をしていた二人組みの女性客の会話がその後の運命を
分けた。「ねえ、見て、この葉っぱ、きれいでかわいいわ。持って帰ろうっと」。
女性客はもみじなど料理に添えられた葉っぱをハンカチに包み、嬉しそうにして
いる光景だった。そのとき「葉っぱがビジネスになるかもしれない」と閃いた。
木々の葉っぱは上勝町には無尽蔵にある。葉っぱを摘んできて包装し出荷する作
業ならお年寄りでもできるし設備投資も要らない。これを事業化しよう。村人た
ちもきっと喜んでくれるに違いないと考えた。しかし、葉っぱビジネスはそう簡
単な話ではなかった。
当初農協と村人たちの二人三脚の葉っぱビジネスは今や第三セクター「
株式会社
彩(いろどり)」が経営している。もちろん横石知二氏が社長だ。年収1,000万
円も稼ぐお年よりもいる。村は建築ラッシュで家を立て替えた人も多い。お年寄
りはパソコンを上手に操作し、受注管理などもやる。葉っぱビジネスに参加する
農家は170軒に増え、年商2億6千万円まで増えた。農協時代に年商116万円から
スタートしたことを思えば隔世の感がある。
今回は限界集落を蘇らせた「
株式会社彩(いろどり)」の横石知二社長の「革新
志向」なる
コンピテンシーに迫ってみる。
【1】心に刻んでおきたい言葉
***********************************************************************
出番がなかったものが必要とされる。葉っぱも高齢者も同じこと。
横石知二
***********************************************************************
【2】メルマガ本論
[(第40話)限界集落を蘇らせた元農協職員横石氏の革新志向!]
1.葉っぱビジネスの提案に上司も村人も冷たい反応!
和食料理などに添えられた葉っぱを「つまもの」と言う。和食レストランで女性
客が感嘆の声を上げてハンカチに包み、持ち帰った葉っぱに「これはビジネスに
なる」と閃いて農協に帰った横石氏は早速「葉っぱビジネス」を上司に提案した。
だが上司はまともに取り合ってくれなかった。葉っぱがビジネスになるなどあり
えないと決め付けるのだ。
横石氏は村人たちにも葉っぱビジネスを説明して回った。だが村人たちの反応も
冷たかった。そんな中、花木農家の下坂美喜江さんというおばあちゃんが話を聞
いてくれた。「横石さん、本気なんだね」と言って下坂さんが懇意にしている仲
間に話し、数人でサンプルを作って市場調査をすることになった。一歩前進であ
る。ところが大阪の卸売市場で働く友人も必死に努力してくれたが、全く売れな
かった。結局1986年の初出荷はほとんどが売れ残った。なぜ売れないのかを市場
の担当者に質問してみたところ、「料理の世界を知らなきゃダメだ」と言われ、
ある料亭を紹介してもらった。
一回行って2~3万円もする料亭に通い、出てくる料理に添えられたつまものを
観察したがよく分からない。挙句仲居さんには他の料亭の回し者と勘違いされる
始末だった。農協の職員で、つまものを研究していると正直に話したところ板長
に取り次いでくれた。板長は親切に教えてくれた。南天は難(災い)を転ずるこ
とから祝い膳や正月料理に用いること。ウラジロは、裏側が白いため夫婦円満、
子孫繁栄を願うものだと教えてくれた。さらには懐石料理では季節感を45日先取
りするためにつまものを沿えるもので、器と同じぐらい大事であることも教えて
くれた。
早速帰って下坂さんとその仲間にそのことを話した。季節を先取りするためにど
うすればいいか、思案に暮れていた横石氏に下坂さんから「わしら、花木農家だ
から“ふかし”をして早くつぼみを綻ばせて出荷する」と知恵が出された。知恵
が葉っぱビジネスを救うのだった。
こうして葉っぱビジネスは少しずつ前進していくのだった。初年度116万円、2
年目850万円、3年目2,000万円、以降は毎年1,000万円ずつ売上げが増えていっ
た。数軒で始まった葉っぱビジネスだったが、瞬く間100軒が参加してくれるよ
うになった。上勝町の「いろどり」ブランドは市場に受け入れられたのだ。
2.事業は軌道に乗るが農協職員横石氏は村を去る決意!
横石氏は連日連夜農家を回り孤軍奮闘で休みは年間1~2日だけだった。全国を
飛び回り拡販営業にも力を入れた。大都市の料亭やホテルなどを回ればいろいろ
と小遣いも掛かる。しかも収入は農協の給料だけだ。奥さんと子供三人を抱え、
このままでは将来の自分たちの生活設計が成り立たない。
横石氏は村を出て転職することを決断した。そして上司に辞表を提出した。上司
も農協も慰留はしなかった。葉っぱビジネスは既に軌道に乗り、横石氏が抜けて
も何とかやっていけると踏んだのだ。
3.車の前に立ちはだかるおばあちゃん、そして会社設立へ!
横石氏が農協を辞めて村を去ることは口コミで村人たちに広まった。下坂さんた
ちは皆に声を掛け合って
嘆願書を作成し、177人の署名
捺印を添付し、横石氏に
渡し、皆の思いを伝えた。だが横石氏の決意は変わらなかった。夜、皆が寝静ま
った頃村を出ることにした。
ところがエンジンを掛けようとしたところに下坂さんたちが押し寄せ、行かない
でくれと泣き騒いだ。下坂さんは「どうしても行くというなら私をひいて行って」
と車の前に立ちはだかった。横石氏は泣いた。そして心が揺れた。
数日後町長から役場に来てほしいと呼び出しが掛かった。町長室に入ったところ
そこには下坂さんたち有志がいた。当時の山田町長は「葉っぱビジネスは第三セ
クターの
株式会社にして運営したい。社長になってほしい」と。横石氏は快く引
き受けた。
村の革新を進めてきた葉っぱビジネスは会社組織として新たなスタートを切った。
横石氏は社長になり、収入が増え、安心して社業に打ち込める環境が整った。そ
れにしても自分の生活を犠牲にしてまで葉っぱビジネスに命を賭けた「革新志向」
には頭が下がる。
【3】今日のまとめ
1.友人と食事に行った和食レストランで「つまもの」をハンカチに包んで持ち
帰る女性の会話と光景が上勝町の葉っぱビジネスのルーツになったこと。
2.上司も村人も葉っぱビジネスに真剣に耳を傾けてくれなかったが、花木農家
の下坂喜美江さんというおばあちゃんだけが聞いてくれて、突破口になった
こと。
3.「つまもの」について何も知らなかったが料亭通いと親切な板長との出会い
に救われたこと。
4.自分の生活安定を願い、村を出て転職を決意したがおばあちゃんたちの強い
思いもあって思わぬ展開となり、
法人化されて社長就任を要請されたこと。
コンピテンシーの導入について支援します。ご相談はこちらへ
⇒
3223898301@jcom.home.ne.jp
【4】編集後記
全国的に町おこし、村おこしが叫ばれ、活動が展開されているが成功例は少ない
ように思う。「知恵を使う」→「お金になる」→「やる気が出る」→「人生が面
白い」というサイクルが回り、発展的にスパイラルアップしていかないとなかな
かうまくいかない。
上勝町は「葉っぱ」だったが「わが町は何で行くか」を見つけ出すことと横石社
長のような「革新志向」に燃えた人材の出現が絶対に必要だ。
<この記事はテレビ東京の2010年1月放送の「ルビコンの決断」も参考にしてい
ます。>
=長文を最後までお読みいただきましてありがとうございます。=
次回に続く。
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発行責任者:さいたま市中央区上落合5丁目19-29
彩愛コンサルピア代表 下山明央
この記事に関するご感想、ご意見はこちらから
3223898301@jcom.home.ne.jp
彩愛コンサルピアのHPは、
こちらから
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(協)さいたま総合研究所のHPはこちらから
http://www.ss-net.com
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シリーズ「優れた経営者のコンピテンシーを学ぶ!」
<第342回>[(第40話)「限界集落を蘇らせた元農協職員横石氏の革新志向!」
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今話題の「会社を救うコンピテンシー」とは何かとコンピテンシーの導入の必要
性について、分かりやすく解説します。今回のシリーズでは、「優れた経営者の
コンピテンシーを学ぶ!」と題して様々な角度から鋭く分析した記事を紹介して
いきます。中小企業の経営者の方、管理者の方、人事担当者の方に是非ともお読
みいただきたいと思います。
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今回のメニュー
【1】心に刻んでおきたい言葉
【2】メルマガ本論
1.葉っぱビジネスの提案に上司も村人も冷たい反応!
2.事業は軌道に乗るが農協職員横石氏は村を去る決意!
3.車の前に立ちはだかるおばあちゃん、そして会社設立へ!
【3】今日のまとめ
【4】編集後記
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日本全国に限界集落が何と7,800ケ所もある。そのうち2,000ケ所は消えていく運
命にあるというから恐ろしい。
四国は徳島県、上勝町。人口は2,000人、二人に一人は65歳以上の高齢者だ。
若い人が働く職場などない。人口は流出するばかりだった。役所のサービスは益
々低下するから高齢者までが息子や娘を頼って村を去る。
林業は輸入木材に押されて需要消滅。みかんが頼みの綱だったが1981年の大寒波
でみかんの木の8割が枯れてしまった。生活の糧を失った農家の主は出稼ぎに出
るしかなかった。みかんの苗木を植えても実がなるまで7~8年も掛かってしま
うからだ。
農協に一人の若者がいた。横石知二氏だった。何とか村を活気付けたいとみかん
に代わる特産品を考えたが、なかなかいいアイディアがなかった。野菜の出荷で
大阪に出張したと卸売市場で働く友人と行った和食レストランで彼は不思議な光
景に遭遇した。
少し離れたテーブルで食事をしていた二人組みの女性客の会話がその後の運命を
分けた。「ねえ、見て、この葉っぱ、きれいでかわいいわ。持って帰ろうっと」。
女性客はもみじなど料理に添えられた葉っぱをハンカチに包み、嬉しそうにして
いる光景だった。そのとき「葉っぱがビジネスになるかもしれない」と閃いた。
木々の葉っぱは上勝町には無尽蔵にある。葉っぱを摘んできて包装し出荷する作
業ならお年寄りでもできるし設備投資も要らない。これを事業化しよう。村人た
ちもきっと喜んでくれるに違いないと考えた。しかし、葉っぱビジネスはそう簡
単な話ではなかった。
当初農協と村人たちの二人三脚の葉っぱビジネスは今や第三セクター「株式会社
彩(いろどり)」が経営している。もちろん横石知二氏が社長だ。年収1,000万
円も稼ぐお年よりもいる。村は建築ラッシュで家を立て替えた人も多い。お年寄
りはパソコンを上手に操作し、受注管理などもやる。葉っぱビジネスに参加する
農家は170軒に増え、年商2億6千万円まで増えた。農協時代に年商116万円から
スタートしたことを思えば隔世の感がある。
今回は限界集落を蘇らせた「株式会社彩(いろどり)」の横石知二社長の「革新
志向」なるコンピテンシーに迫ってみる。
【1】心に刻んでおきたい言葉
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出番がなかったものが必要とされる。葉っぱも高齢者も同じこと。
横石知二
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【2】メルマガ本論
[(第40話)限界集落を蘇らせた元農協職員横石氏の革新志向!]
1.葉っぱビジネスの提案に上司も村人も冷たい反応!
和食料理などに添えられた葉っぱを「つまもの」と言う。和食レストランで女性
客が感嘆の声を上げてハンカチに包み、持ち帰った葉っぱに「これはビジネスに
なる」と閃いて農協に帰った横石氏は早速「葉っぱビジネス」を上司に提案した。
だが上司はまともに取り合ってくれなかった。葉っぱがビジネスになるなどあり
えないと決め付けるのだ。
横石氏は村人たちにも葉っぱビジネスを説明して回った。だが村人たちの反応も
冷たかった。そんな中、花木農家の下坂美喜江さんというおばあちゃんが話を聞
いてくれた。「横石さん、本気なんだね」と言って下坂さんが懇意にしている仲
間に話し、数人でサンプルを作って市場調査をすることになった。一歩前進であ
る。ところが大阪の卸売市場で働く友人も必死に努力してくれたが、全く売れな
かった。結局1986年の初出荷はほとんどが売れ残った。なぜ売れないのかを市場
の担当者に質問してみたところ、「料理の世界を知らなきゃダメだ」と言われ、
ある料亭を紹介してもらった。
一回行って2~3万円もする料亭に通い、出てくる料理に添えられたつまものを
観察したがよく分からない。挙句仲居さんには他の料亭の回し者と勘違いされる
始末だった。農協の職員で、つまものを研究していると正直に話したところ板長
に取り次いでくれた。板長は親切に教えてくれた。南天は難(災い)を転ずるこ
とから祝い膳や正月料理に用いること。ウラジロは、裏側が白いため夫婦円満、
子孫繁栄を願うものだと教えてくれた。さらには懐石料理では季節感を45日先取
りするためにつまものを沿えるもので、器と同じぐらい大事であることも教えて
くれた。
早速帰って下坂さんとその仲間にそのことを話した。季節を先取りするためにど
うすればいいか、思案に暮れていた横石氏に下坂さんから「わしら、花木農家だ
から“ふかし”をして早くつぼみを綻ばせて出荷する」と知恵が出された。知恵
が葉っぱビジネスを救うのだった。
こうして葉っぱビジネスは少しずつ前進していくのだった。初年度116万円、2
年目850万円、3年目2,000万円、以降は毎年1,000万円ずつ売上げが増えていっ
た。数軒で始まった葉っぱビジネスだったが、瞬く間100軒が参加してくれるよ
うになった。上勝町の「いろどり」ブランドは市場に受け入れられたのだ。
2.事業は軌道に乗るが農協職員横石氏は村を去る決意!
横石氏は連日連夜農家を回り孤軍奮闘で休みは年間1~2日だけだった。全国を
飛び回り拡販営業にも力を入れた。大都市の料亭やホテルなどを回ればいろいろ
と小遣いも掛かる。しかも収入は農協の給料だけだ。奥さんと子供三人を抱え、
このままでは将来の自分たちの生活設計が成り立たない。
横石氏は村を出て転職することを決断した。そして上司に辞表を提出した。上司
も農協も慰留はしなかった。葉っぱビジネスは既に軌道に乗り、横石氏が抜けて
も何とかやっていけると踏んだのだ。
3.車の前に立ちはだかるおばあちゃん、そして会社設立へ!
横石氏が農協を辞めて村を去ることは口コミで村人たちに広まった。下坂さんた
ちは皆に声を掛け合って嘆願書を作成し、177人の署名捺印を添付し、横石氏に
渡し、皆の思いを伝えた。だが横石氏の決意は変わらなかった。夜、皆が寝静ま
った頃村を出ることにした。
ところがエンジンを掛けようとしたところに下坂さんたちが押し寄せ、行かない
でくれと泣き騒いだ。下坂さんは「どうしても行くというなら私をひいて行って」
と車の前に立ちはだかった。横石氏は泣いた。そして心が揺れた。
数日後町長から役場に来てほしいと呼び出しが掛かった。町長室に入ったところ
そこには下坂さんたち有志がいた。当時の山田町長は「葉っぱビジネスは第三セ
クターの株式会社にして運営したい。社長になってほしい」と。横石氏は快く引
き受けた。
村の革新を進めてきた葉っぱビジネスは会社組織として新たなスタートを切った。
横石氏は社長になり、収入が増え、安心して社業に打ち込める環境が整った。そ
れにしても自分の生活を犠牲にしてまで葉っぱビジネスに命を賭けた「革新志向」
には頭が下がる。
【3】今日のまとめ
1.友人と食事に行った和食レストランで「つまもの」をハンカチに包んで持ち
帰る女性の会話と光景が上勝町の葉っぱビジネスのルーツになったこと。
2.上司も村人も葉っぱビジネスに真剣に耳を傾けてくれなかったが、花木農家
の下坂喜美江さんというおばあちゃんだけが聞いてくれて、突破口になった
こと。
3.「つまもの」について何も知らなかったが料亭通いと親切な板長との出会い
に救われたこと。
4.自分の生活安定を願い、村を出て転職を決意したがおばあちゃんたちの強い
思いもあって思わぬ展開となり、法人化されて社長就任を要請されたこと。
コンピテンシーの導入について支援します。ご相談はこちらへ
⇒
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【4】編集後記
全国的に町おこし、村おこしが叫ばれ、活動が展開されているが成功例は少ない
ように思う。「知恵を使う」→「お金になる」→「やる気が出る」→「人生が面
白い」というサイクルが回り、発展的にスパイラルアップしていかないとなかな
かうまくいかない。
上勝町は「葉っぱ」だったが「わが町は何で行くか」を見つけ出すことと横石社
長のような「革新志向」に燃えた人材の出現が絶対に必要だ。
<この記事はテレビ東京の2010年1月放送の「ルビコンの決断」も参考にしてい
ます。>
=長文を最後までお読みいただきましてありがとうございます。=
次回に続く。
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発行責任者:さいたま市中央区上落合5丁目19-29
彩愛コンサルピア代表 下山明央
この記事に関するご感想、ご意見はこちらから
3223898301@jcom.home.ne.jp
彩愛コンサルピアのHPは、
こちらから
http://members.jcom.home.ne.jp/3223898301/
(協)さいたま総合研究所のHPはこちらから
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