• HOME
  • コラムの泉

コラムの泉

このエントリーをはてなブックマークに追加

専門家が発信する最新トピックスをご紹介(投稿ガイドはこちら

吉野家魂を残して引退した安部修仁氏の経営者人生に学ぶ!

       ◆◆コンピテンシーを磨けば仕事のできる人になれる◆◆

   <第346回>賢人のコンピテンシーをベンチマークする!<その39>

  ==■「吉野家魂を残して引退した安部修仁氏の経営者人生に学ぶ!」■==

===================================

人は誰でも能力を保有しています。しかし、せっかくの保有能力が宝の持ち腐れとなり、
成果に結び付けられない人が実に多いのです。
「賢人のコンピテンシーをベンチマークする」と題して分かりやすく解説していきます。
コンピテンシーを磨けば誰でも仕事のできる人に自己変革できます。経営トップ・管理者
・社員の皆様、そして求職中の離職者の方や就職を目指す学生さんにも是非ともお読みい
ただきたいと思います。

===================================

■忙しい人はとりあえず流し読みして下さい。後でゆっくり読み直していただくと理解が
 一層深まります。(コンピテンシー宣教師より)■

<今回のメニュー>
=================================

【1】バンド費用を稼ぐためのアルバイトだったのに!
【2】保全管財人に指名されて店舗統括責任者になる!
【3】米国産牛肉のBSEで最大の苦境に!
【4】波乱万丈の吉野家人生で磨いた「決断力」と「実行力」!
【5】賢人から学ぶべきこと!
【6】編集後記

=================================



賢人と呼ぶにふさわしい人は、すばらしい「行動特性」を持って行動している。だからす
ばらしい仕事の結果を出すことができるのだ。我々は賢人のコンピテンシーをベンチマー
クしない手はないのだ。



【1】バンド費用を稼ぐためのアルバイトだったのに!

安部 修仁氏ははっきり言って会社勤めをするつもりはなかった。プロのミュジシャンを目
指して福岡から上京してきた「自称天才ギタリスト」だったそうだ。

結成していたバンドは売れるわけもないから赤字続き。何が何でもバンド費用を稼ぐ必要
があった。アルバイト先を物色していたところ、たまたま時給が高かったので吉野家に決
めた。これが“運のつき”だった。当時吉野家は全国展開を目指していた。発展途上の息
吹と雰囲気のよさに惚れて、正社員になってしまった。

年間100店舗の出店が至上命令で、はっきり言って粗製濫造過ぎた。経営破たんする前年
の1979年12月、吉野家は牛丼を値上げした。急速な出店拡大に対応するため肉は乾燥肉に
切り替えた。店長やサービスのレベルもひどいものになった。

値上げでまずいものを食わせるわけだからお客様の足は遠のく。経営方針も二転三転で内
紛状態に陥った。



【2】保全管財人に指名されて店舗統括責任者になる!

1980年についに経営破たんした。保全管財人はなぜか安倍氏を店舗責任者に指名してきた。
指名までされて頼まれると「いや」とは言えない性格である。

安部 氏はなにしろギヤをニュートラルに戻そうと考えた。つまり本来の旨い牛丼に戻すこ
とに奔走した。しかし各方面から「単品経営の限界」と批判された。その批判をエネルギ
ーに変えて見せた。「旨ければお客様は必ず戻ってくる」とみんなを鼓舞した。

1992年42歳の若さで社長に就任したのである。すき家など強力なコンペティターも現れ、
価格競争にも対応を迫られた。



【3】米国産牛肉のBSEで最大の苦境に!

2003年に大変な問題が勃発した。BSE(牛海綿状脳症)により米国産牛肉が全面輸入禁
止となったのだ。競合他社はいち早く豪州産牛肉に切り替えるなど柔軟に対応したが、安部 氏は米国産牛肉にこだわった。その結果、牛丼の販売休止を決断したのである。

安部 氏は牛丼以外のメニューで経営を維持することにし、例えば豚丼に活路を求めた。こ
れが単品経営への決別でもあった。「牛丼=吉野家」ではないと発信し続けたのである。

そうは言っても吉野家を象徴するキーワードは「うまい、やすい、はやい」である。この
キーワードを旗印に牛丼で一大外食チェーンにのし上がったと言う事実は重い。



【4】波乱万丈の吉野家人生で磨いた「決断力」と「実行力」!

アルバイトで吉野屋に入って44年、経営者になって22年が過ぎた。その間、正に「決断」
と「実行」の連続だった。

傍から見ると米産牛肉にあれほどこだわらなくてもいいのではないかと思う。豪州産牛肉
で何がいけないのだろうかと疑問に思う。しかし、これが商売人としてのこだわりなのだ
ろう。豪州産牛肉や国産牛肉では今までの吉野家の味は出せないと日経ビジネスの記事に
書いてあったのを覚えている。私見だが食べたお客様は、どこ産の牛肉なのか分からない
のではないかと思う。いや分かるはずもない。

社長が決断したわけだから牛丼は休止せざるを得ない。代わって目玉に据えたのが豚丼だ
った。思い切った「決断力」と「実行力」だった。

安部 氏はこの9月に65歳になった。それを機に吉野家の第一線から退く。これも「決断」と
「実行」だ。80歳前後でも第一線のトップに君臨している経営者は多い。45歳の河村社長
にバトンをタッチし、代表権のない会長として吉野屋魂を伝えることにした。



【5】賢人から学ぶべきこと!

地方から夢を実現すべく上京してくる若者は多い。天才ギタリストと自認する若者が時給
の高さでアルバイト先に吉野家を選んだ。ここで180度異なる人生を歩むことになる。こ
れも人生と言うものだ。

アルバイトから正社員になり、破綻した吉野家の再建に奔走することになる。そして42歳
の若さで社長に就任した。経営破綻を除けば最大のピンチは米国産牛肉のBSE事件だ。

いつでも、どこでも「決断」と「実行」の繰り返しだった。特にビジネスに関わる人たち
は安部 修仁氏の経営者人生から「決断力」と「実行力」を学んでほしい。



【6】編集後記

都市部に出てきた学生、中でも苦学生にとって食生活は大変な苦労だ。コンビニ弁当と牛
丼を交互に食べれば栄養失調にもならずに済む。吉野家は苦学生を支える意味でも社会貢
献も果たしてきた。

安部 修仁氏の22年間の経営者人生から、その生き様を通して「決断力」と「実行力」を学
んでほしい。


================================


次回に続く


★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★

本メールマガジンは「まぐまぐ」と「melma」を通して発行しております。
「まぐまぐ」での登録・退会はこちらから
⇒ http://members.jcom.home.ne.jp/3223898301/melmag.html
「melma」での登録・退会はこちらから
⇒ http://members.jcom.home.ne.jp/3223898301/melmag2.html

★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★

発行責任者:さいたま市中央区上落合5丁目19-29
        彩愛コンサルピア代表 下山明央

*************************************************************************

この記事に関するご感想、ご意見はこちらから 3223898301@jcom.home.ne.jp
著書「中堅・中小企業のためのコンピテンシー入門」好評発売中!詳細はこち
らから⇒ http://members.jcom.home.ne.jp/3223898301/book.html

*************************************************************************

メールマガジン「仕事のできる人の集団作り戦略」好評配信中!登録はこちら
⇒ http://www.melma.com/backnumber_59181/

ブログにも味深い記事を掲載しています。こちらをクリック!
⇒ http://blog.livedoor.jp/shimo1873/
⇒ http://blog.goo.ne.jp/saiaiconsul/

*************************************************************************

絞り込み検索!

現在23,151コラム

カテゴリ

労務管理

税務経理

企業法務

その他

≪表示順≫

※ハイライトされているキーワードをクリックすると、絞込みが解除されます。
※リセットを押すと、すべての絞り込みが解除されます。

スポンサーリンク

経営ノウハウの泉より最新記事

スポンサーリンク

労働実務事例集

労働新聞社 監修提供

法解釈から実務処理までのQ&Aを分類収録

注目のコラム

注目の相談スレッド

スポンサーリンク

PAGE TOP