「利益を上げること」は、企業や
事業者にとって、
事業の存続のために大切なことです。
また、国や都道府県・市町村にとっても、
事業者の利益に基づく税収(
所得税、
法人税)は、
行政サービスを行っていく為の必要不可欠な財源です。
従って、「利益を上げること」は素晴らしいことであり、
誰からも、尊敬され、感謝されるべきことのはずですが、
実際は必ずしもそうではありません。
確かに、高
収益企業のことを優良企業としてもてはやしたり、
長者番付に名の出るような事業家のことを世間が称える場面も多くありますが、
一方で、「悪者」、「金の亡者」、「庶民からの搾取者」、「貧乏人の敵」のように、
利益を上げることを「悪」と思われる場合も多いように思われます。
これはなぜでしょう?
良い利益と悪い利益があるのでしょうか?
利益と言う結果は、素晴らしいことかもしれません。
しかし、その利益をどのようにあげたかが問題のようです。
つまり、その利益をあげる過程で、どれだけ多くの人を喜ばすことができたかが問題です。
逆に、その利益を上げる過程で、悲しんだ人もいたかもしれません。
その利益を上げるために、「喜びを与えた量」-「悲しみを与えた量」が、
最低でも0以上、それよりも多ければ多いほど良い利益」で、
その数字のマイナスが大きければ大きいほど「悪い利益」であると言うことができます。
もう少し、分かり易く言い換えれば、
「その利益を上げることで、日本全体の利益も増えましたか?」と言う問題です。
貴方の上げた利益が、社会全体の付加価値のアップにつながり、 結果、日本国のGDPを上げることに貢献したような利益であるかが問題です。
確かに、貴方は、100の利益を上げたかも知れませんが、
貴方の為に、周りで、150の損をした人がいるかも知れません。
150の損は、損をした本人の「自己責任」かもしれませんが、
貴方の100の利益は、日本国全体に対しても、結果、利益をもたらすことはなく、
50(=貴方の利益100-周りの損失150) の損失を日本全体に与えたことになります。
このように、日本(あるいは世界)全体の付加価値を増加することができる利益が「良い利益」で、逆に、日本(あるいは世界)全体の付加価値を減少させるような利益が「悪い利益」と言うことができます。
「利益を上げること」は、企業や事業者にとって、
事業の存続のために大切なことです。
また、国や都道府県・市町村にとっても、
事業者の利益に基づく税収(所得税、法人税)は、
行政サービスを行っていく為の必要不可欠な財源です。
従って、「利益を上げること」は素晴らしいことであり、
誰からも、尊敬され、感謝されるべきことのはずですが、
実際は必ずしもそうではありません。
確かに、高収益企業のことを優良企業としてもてはやしたり、
長者番付に名の出るような事業家のことを世間が称える場面も多くありますが、
一方で、「悪者」、「金の亡者」、「庶民からの搾取者」、「貧乏人の敵」のように、
利益を上げることを「悪」と思われる場合も多いように思われます。
これはなぜでしょう?
良い利益と悪い利益があるのでしょうか?
利益と言う結果は、素晴らしいことかもしれません。
しかし、その利益をどのようにあげたかが問題のようです。
つまり、その利益をあげる過程で、どれだけ多くの人を喜ばすことができたかが問題です。
逆に、その利益を上げる過程で、悲しんだ人もいたかもしれません。
その利益を上げるために、「喜びを与えた量」-「悲しみを与えた量」が、
最低でも0以上、それよりも多ければ多いほど良い利益」で、
その数字のマイナスが大きければ大きいほど「悪い利益」であると言うことができます。
もう少し、分かり易く言い換えれば、
「その利益を上げることで、日本全体の利益も増えましたか?」と言う問題です。
貴方の上げた利益が、社会全体の付加価値のアップにつながり、 結果、日本国のGDPを上げることに貢献したような利益であるかが問題です。
確かに、貴方は、100の利益を上げたかも知れませんが、
貴方の為に、周りで、150の損をした人がいるかも知れません。
150の損は、損をした本人の「自己責任」かもしれませんが、
貴方の100の利益は、日本国全体に対しても、結果、利益をもたらすことはなく、
50(=貴方の利益100-周りの損失150) の損失を日本全体に与えたことになります。
このように、日本(あるいは世界)全体の付加価値を増加することができる利益が「良い利益」で、逆に、日本(あるいは世界)全体の付加価値を減少させるような利益が「悪い利益」と言うことができます。