
社員が離れていく…経営者が気づかないNGな制度やコミュニケーションとは
多くの企業が悩む“人材不足と人材育成”。コーチングという言葉も盛んにいわれるようになって久しいですが、依然として転職の波は収まりません。キャリアのためだけではなく、経営者や上司への不満が理由で転職を心に決める社員も多いようです。
では、経営者はどのように社員とコミュニケーションをとればよいのでしょうか。経営コンサルタントである筆者が解説していきます。
目次
経営者や上司が理由で退職する可能性は?
厚生労働省の「雇用動向調査」において、転職入職者の状況を調査していますが、この調査結果によると、2022年度の転職入職者数は約497万人であり、前年度比で約10%増加しています。
そして、厚生労働省が実施した「職場のハラスメントに関する実態調査」によると、過去3年間にパワハラを受けたことがあると回答した人は、回答者全体の31.4%でした。転職理由はさまざまですが、全体の1/4の人が「パワハラを受けたことがある」と回答している点をふまえると、社内の人間関係が転職のきっかけに大きな影響を与えているといえそうです。
また、パワハラとは一般的に上司や経営者など自分より上の役職者から受けるもの、といえることから「上司、経営者との人間関係」に何らかの課題を抱えているといっても過言ではないでしょう。
【参考】
令和4年 雇用動向調査結果の概要/厚生労働省
令和2年度 厚生労働省委託事業 職場のハラスメントに関する実態調査 報告書/厚生労働省
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経営陣が社員と積極的なコミュニケーションを図る際の落とし穴
積極的コミュニケーションとは
「職場のハラスメントに関する実態調査」のデータを見ると、「経営者が社員と積極的なコミュニケーションをとれていないのか?」「社員をないがしろにしているのか?」と思われてしまうかもしれません。
しかし、コンサルタントである筆者の現場での感覚では「昔に比べたら積極的すぎるくらいに積極的」という印象です。経営陣は常に人材育成を経営課題としていますから、若手も含めて一般社員への育成や社員とのコミュニケーションをとても重要視しています。
積極的コミュニケーションとは、トップが若手の意見を聞くことや、会社への提言などを行いやすくすることなどが該当します。また、経営陣からも社員に会社のビジョンなどを共有し、情報もできる限り公開していくことも含まれるでしょう。これは「社員全員が経営者のマインドに」という考え方に通じます。風通しのよい会社は社員のモチベーションをあげる効果もあり、メリットは大きいでしょう。
一方で、この風通しのよさはデメリットにもなっています。その理由は、社員からの意見や提言が「その社員の立ち位置から見た景色」に過ぎないからです。
積極的コミュニケーションの落とし穴
わかりやすい例として、風通しのよい「ガラス張り経営」という言葉があります。会社の財務数値をすべて社員に公開していくという経営手法のことで社員との情報共有が一時期流行りました。そして、この「経営の見える化」により一時的には社員たちのモチベーションを上げる効果がありました。
しかし、“一時的”というのが落とし穴です。当たり前ですが、財務知識や今後の会社の投資計画を理解していない社員が「今期は一億の利益がでた」と知ったらどう思うでしょうか。残念ながら、「だったらもっと社員に還元してくれればいいのに」や「こんなに忙しいのだから社員を増やしてほしい」と思うのです。そう思うこと自体は悪いことではありません。この社員の立場から見たら当然の景色なのです。
しかし、筆者がコンサルタントとして、その会社の財務を見れば「社長、一億じゃ全然足りないですよ」となります。企業財務は家庭の家計簿とは違いますから、一億という数字がよいか悪いかはその数字だけ見てもわからないのです。言葉にしたら当たり前のことですが、実際の経営者と社員との間にはよく起こる認識のずれです。社長本人と役員の間でさえ起こることがあるくらいです。このような経営者と社員の見える景色の違いについてはどちらかがよい、悪いということではありません。
有給休暇の取得、新卒採用、顧客への対応、残業代の問題、在庫管理の方法……。会社のありとあらゆることに必ず“視点の違い”があり、この違いを認識しないままに積極的なコミュニケーション、情報共有を行った結果、多くの会社で「給料が上がらない」や「社員をもっと増やせばいいのに」という社員の不満の増加につながってしまうのです。視点が異なることを認識したうえでコミュニケーションをとったり、意見を受け取ったりするようにしましょう。
気づかずやっている?NGなコミュニケーションとは
コミュニケーションといっても手法はさまざまですが、近年企業が取り入れているやり方のなかで「逆にマイナスを生む」コミュニケーションをご紹介します。
1:システム依存型コミュニケーション
一つ目は「システム依存型コミュニケーション」です。
具体的には、「チャット機能やコミュニケーションツールのグループ機能、SNSなどに社員全員で参加すること」があげられます。これは若い会社に多いやり方ですが、実は一般社員や若手からは評判が悪いものです。社内でシステムを導入する場合に運用のルールをきちんと決めているでしょうか? 夜遅い時間帯、休日にも誰かが書き込みやデータをアップロードするので気が休まらない、夏季休暇でもずっとPCを手放せなかったという声を実際に聞いたことがあります。
コミュニケーションを円滑にしようと取り入れたシステムに苦しみ、嫌気がさしている社員たちの一方で、社長や上司は「うちの部署はコミュニケーションツールでグループをつくったので情報共有がスピードアップしましたよ。見てください、このスタンプなんて素敵でしょう」と筆者に自慢げに見せてくるのですが、喜んでいるのは社長や上司だけだったりするものです。
また「社員全員でSNSをやろう」は、会社のよい雰囲気や実際に働く社員のリアルな声を発信することが目的で採用面などの効果を期待することが多いようです。しかし、運用は強制ではなく希望制にするべきで、元々SNSが苦手で「何を投稿してよいかわからない」と静かに悩む社員が実は存在します。また24時間365日休みなくつながり続けることを強制してしまうことで「会社に縛り付けられている」と感じている社員がいるかもしれません。
2:迎合型コミュニケーション
次に気を付けていただきたいのが「迎合型コミュニケーション」です。
若手飲み会、中堅社員勉強会と称して、一定の世代の社員を集めて意見交換を活発的に実施しようとしている会社も多くみられます。確かに同世代を集めると意見交換が活発に行われ、情報交換もスムーズになり、部署の横の連携促進になる効果も期待できます。しかし、これは「正しいメンター」が会に存在していることが条件です。
同世代だけで集まってしまうと、そこで行われる意見交換・情報交換に“会社への不満”があがることも覚悟する必要があります。また、その場で生じた意見が会社に提言された場合、経営者としてすぐに対応できるものでしょうか。もし要望に応えられなければ社員たちの不満を呼んでしまいます。若手の意見、社員たちの意見を吸い上げようとして逆に会社に混乱と不信感を生んでしまうのです。
一方で、若手の意見や社員たちの意見を社長が鵜呑みにしたらどうでしょうか。あっという間に社員に迎合する多数決経営のできあがりです。社員の声をむやみに大きくしてしまう「迎合型コミュニケーション」と個人的には呼んでいます。社員に意見を求めることも必要ですが、多くの場合には参考程度にするべきで経営の決定責任は社長自身にあるのです。社員に嫌われたくないあまりに社員の声に耳を傾けすぎている経営者が、実は多く存在していると思います。
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経営者と社員の適切な距離感とは
過剰な1on1など、さまざまな手法を試みて、「うちは社員とコミュニケーションをとれている!」と勘違いをしている経営者は多いものです。多くの企業で幹部研修なども担当させていただいているなかで、必ずお話しする「子育て四訓」をご紹介します。
乳児はしっかり肌を離すな
幼児は肌を離せ、手を離すな
少年は手を離せ、目を離すな
青年は目を離せ、心を離すな
あまりにも有名な言葉ですが、これが実は社員とのコミュニケーションに通じると思っています。会社には新卒入社や中途入社といったあらゆる世代の社員がいて、多様な価値観を持っていることでしょう。そのため、「自分とは違う視点を持っている」ということをベースにそれぞれの社員の育成のステップや役職などに合わせて上記の言葉を当てはめて考えてください。青年(中堅社員)の手を握りっぱなしだったらどうでしょうか? 「余計なお世話コミュニケーション」になるかもしれません。ときには任せて判断させることも必要です。
一方、いきなり「毎月飛び込み100件やれ!」というように新入社員を会社から外へ放り投げたらどうでしょう。上司は「まずは経験してこい!」と思っていても、その熱い思いは社員に伝わることはないでしょう。このやり方が絶対という方法はありません。これは会社だけではなく、すべての人とのコミュニケーションにいえることです。特に会社という組織では「相手と自分は違う価値観」「コミュニケーションは伝えるものではなく受け取る(聞く)もの」という認識がより重要になってきます。
そして四訓にもあるように、社長として一番大事なことはどんなに若手であってもベテラン社員であっても「自社の社員から心を離すな」に尽きるのではないでしょうか。
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