突然の退職届。引き留めていい?NGワードや対応のポイント・注意点
「社長、お話があります」と、ある日突然社員から切り出されるとドキッとします。話を聞くと案の定「〇〇日で退職させてください」。社内では人手不足、新規採用もなかなか厳しい。そうなると、つい「考え直してもらえないだろうか」と引き留めたくなります。ただ、安易な引き留めは、他のリスクを増大させることにつながる場合もあります。
直近の有効求人倍率は1.24倍(参考:一般職業紹介状況(令和4年5月分)について / 厚生労働省)。ウィズコロナで経済活動の再開に伴い、求人数が右肩上がりに伸びていることを踏まえると、“退職・転職”を考える労働者が増加していくことが考えられます。
本稿では、社員に退職を切り出された場合の社員との向き合い方、引き留めて良いケース、引き留めてはいけないケース、退職時の対応手順や注意事項について解説します。
目次
まずは退職理由を把握する
重要な点は「どういう理由で退職を決意したか」です。離職理由(原因)を取り除かない限り、たとえ引き留めたとしても退職の意思は変わりません。厚生労働省の「令和2年転職者実態調査」によると、離職理由として多いのは以下の5つです。
①労働条件(賃金以外)がよくなかったから(28.2%)
②満足のいく仕事内容でなかったから(26.0%)
③賃金が低かったから(23.8%)
④会社の将来に不安を感じるから(23.3%)
⑤人間関係がうまくいかなかったから(23.0%)
①~④は全社的な課題、⑤のみが当該社員だけの問題。よって、実質的に引き留めて良いのは⑤だけとなります。
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退職を切り出されたときの話し方・注意点
まずは申し出があった時点で「本人の意思を尊重する」こと、「離職理由(原因)を事前に解消できていなかった」ことを伝え、いかなる離職理由であっても、“社員本人にとっては許容しがたいものであり悩んだ末の結論”である点に理解を示しましょう。
実は、退職時のトラブルで最も多いのが強引な引き留めと言われています。深刻な人手不足から企業側も退職されたくないというのが本音です。そのため、退職届を受理してもらえなかったり、繰り返し退職日の延長を求められたり、何度も会議室に呼ばれて説得されるなどのトラブルが後を絶ちません。
NGワードは、「どこの会社でも問題はある。それを乗り越えることが成長だ」「〇〇年くらいの我慢ができないようではどこの会社でも続かない」といったアドバイスです。自らの考え方を押し付けることで、社員本人は「退職を申し出た自分が悪いのか」と否定された気持ちになります。そして、より強く退職の意思を固めることとなります。
逆に、「どういう経緯で退職にいたったか、ちゃんと話を聞いてくれた」「『辞めるのは残念だけどあなたのためには良い選択だと思う』と背中を押してくれた」「会社としての立場ではなく、私の人生にとってベストの選択であるかどうかを考えてくれた」ということが伝わる接し方をすることで、これまでの会社への貢献が認められた気持ちになります。場合によっては「もう一度、ここで頑張ってみよう」という変化が起こる可能性も出てくるでしょう。
(1)引き留めて良いケース
上記のうえで、離職理由⑤「人間関係」の場合、「誰と、どのような場面で、何があったのか」「どのような会社の対応(改善)を望むか」というヒアリングを行ないましょう。配置転換、指示命令系統の変更等で本人が納得できる対応ができれば、継続勤務もあり得るでしょう。
(2)引き留めてはいけないケース
離職理由①「労働条件」や③「賃金」の場合、一時的な引き留め策として好条件を約束するのはNGです。退職を申し出た1名だけを好条件とすることになれば、他の社員の不満を招きますし、今後、元の条件に戻すにも不利益変更として本人の同意が必要となります。これらは④「会社の将来性」とあわせ、長期的に取り組む改善課題です。
また、②「仕事内容」についても、全体バランスを保てるのであれば、配置転換等に取り組むべきですが、1名だけが「退職すると言ったら、好きな仕事をさせてもらえるようになった」となれば、今後、同様の対応を求める社員が退職を申し出るケースも考えられます。
退職時の対応手順
過度に引き留められることを不快に感じる一方で、あっさり了承されてしまうのも少し寂しい。それが退職者の心理です。本人の意思を尊重しながら、会社として必要な手続きをきちんと行い、リスク管理を怠らないことが重要となります。
社員から退職の申し出があったら、以下の手順で対応します。
①書面にて退職日を明記した退職届を提出してもらいましょう。会社は、退職を見据えて採用や配置転換、教育に着手するので「辞めるのをやめた」という場合に混乱するリスクを防ぐ必要があります。
②社長(もしくは労務担当責任者)退職時面談の設定と実施します。可能であれば録音、難しい場合には、別日程で職場責任者(上長)面談と階層をわけた面談で本音を具体的に聞き出しておくと良いでしょう。自己都合での退職申し出からスタートしたにも関わらず、後から「会社に退職を強要された」となるリスクを防ぐ目的です。
③健康保険証や制服、ロッカーのカギなど、会社からの貸与品は期日を決めて返却してもらいます。
④会社でパソコンを使用する業務の場合、ログインIDの削除やパスワード変更を行いましょう。
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退職時の対応における注意点
引継ぎに必要な日数を確保する
退職日が確定したら、引継ぎに必要な日数を職場と調整・確定します。有給休暇未消化日数を確認し、職場が必要とする出勤日を確保した場合に未消化となる有給休暇を算出しましょう。社員本人から「明日から退職日まで有給休暇消化しますので、もう出勤しません」という申し出があった際は、「〇〇日は引継ぎのため、出勤してほしい。未消化分の有給休暇は〇〇円×〇〇日で給与に上乗せする」として、必要出勤日数を確保しましょう。有給休暇の買取は違法ですが、退職時未消化分の買取は適法です。
退職後の情報の取り扱いを徹底する
退職者が転職先に顧客情報や商品・サービス情報を渡すこととなれば、大きな損失です。このような情報持ち出しを防止するためには、退職予定の社員に、持ち出してはいけない情報の種類・内容を確認させましょう。情報漏洩の認識を高め、「何が持ち出してはいけない情報なのか知らなかった」といったことを防ぎます。最終的には、秘密保持誓約書を提出させ、対象となる情報のデータを全て返却、消去させる義務を課し、退職後に一切保有しないことを約束させることが有効です。なお、秘密保持誓約書は入社時に書かせることが多いですが、退職時にも業務範囲等を考慮した実態に合わせた内容で書かせることを検討しましょう。就業規則に情報持ち出しの禁が懲戒解雇事由に該当することを明記するといった方策もあわせて検討すべきです。また、競業避止義務契約を締結し、1年程度の一定期間、ライバル会社への手土産転職を防止する必要もあります。
退職者を減らすためにできること
そもそも退職者には“何らかの不満”があります。年1~2回、社長(もしくは労務担当責任者)が1対1で30分程度の面談を行い、悩みや体調、職場での問題点等、聞く時間をとることをおすすめします。いくら親身に話を聞いたとしても退職の申し出時点では遅いことが多いです。普段から“会社は自分のことを真剣に考えてくれている”という関係性が大切です。
職場環境改善委員会という、社員が参加し主体的に会社の諸問題(労働時間、休日、職場環境等)を改善するための話し合いの場を作ることも有効です。その意見も踏まえた改善を少しずつ実施することで「自分たちが会社をより良く変えることができる」という認識を社員にもってもらいましょう。退職することでしか意思表明ができない現状から一歩前進するといえます。
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最後に、退職が決まってから待遇を悪くしないことも非常に重要です。離職者と良い関係を保っておくことが、自社の風評や出戻り転職の可能性につながります。また、社員が「退職すると会社と揉める」という印象を持ってしまうと、モチベーションや会社への印象に影響を与える可能性があることも認識しておくべきです。
「もう辞めるから」とないがしろにするのではなく、お互いに感謝を伝え合う場を用意しましょう。在籍年数が長ければ長いほど、なんだかんだいって愛着がある人は多いですから、最後は気持ちよく送り出してあげたいものです。
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【参考】
一般職業紹介状況(令和4年5月分)について / 厚生労働省
令和2年転職者実態調査 / 厚生労働省
*すとらいぷ、kouta、Satoshi KOHNO、keyphoto、Fast&Slow、jessie / PIXTA(ピクスタ)