パワハラと言われそうで指導できない…まずはここから「中小企業向けハラスメント対策」4つ
中小企業経営者の皆さんと話していると、2022年4月の法改正を受けて「ハラスメント対策を進めないといけない」という言葉が多く出てきます。この言葉の意図や背景をたどってみると、大きくは2つの思考パターンが見えてきます。一つは、「これを機に改めて職場風土を見直しハラスメント対策をしよう」という積極的な捉え方からくるもの。もう一つは、「対策をとらないといけなくなったのは知っているけれど、一体何をすれば良いのか分からない」という消極的な捉え方からくるもの。
経営者自身の意思はもちろん、社内の状況も踏まえハラスメント対策をしなければ「法律通りに対応はしたものの、職場の雰囲気がギスギスしてしまった」という状況にもなりかねません。今回は、「対策を強化しなければ」と思っている中小企業の経営者が考えるべきハラスメント対策のあり方について解説していきます。
目次
中小企業におけるハラスメント対策
2022年4月から、中小企業においてもパワーハラスメントに関する対策が義務化され、対策の強化や周知が求められています。中小企業におけるハラスメント対策の浸透には、経営者や管理職の社内外へのハラスメントへの意識の示し方が大きく関わってくるでしょう。なぜなら、中小企業は社員数が少なく社員同士の距離が近くなるため、経営者や管理職の物事の捉え方が社員の考え方に大きく影響するからです。情報の伝わり方や解釈によって生じたズレが、制度や施策をより良い形で運用するエンジンになることもあれば、逆に変化に対する抑止力となることもあります。
職場内の関係性を良くするための働きかけを“組織開発”と言いますが、個と個の接点により作られるのが関係性です。関係性が良い状態(相互に信頼した状態)だと、そこに流れる情報も肯定的な解釈がなされます。一方で、悪い状態(ネガティブ思考、不信感等)だと、いくら肯定的な情報を流そうと思っても、否定的な解釈がなされてしまったり、言葉の受け止め方の相違から誤解が生じたりしがちです。
また、ハラスメントに対する認識も人によって異なります。
例えば、「あの時こういう言葉を言われて嫌な気持ちになった」と、過去に何かハラスメント的な言動に関するネガティブな記憶があると、他者の言動に対して過敏に反応したり、否定的に受け止めたりする傾向が強くなります。一方、例えば「部活でスポーツに取り組んだ時に、顧問や先輩から時に厳しい言葉を投げかけられたけれど、その時の奮闘が試合で良い結果をもたらし、自分の成長にもつながった」と、良い記憶として意味づけられていると、職場においても他者の強い言葉や重みのある接し方を好意的に捉えることもあります。
つまり“ハラスメント”の定義を明確に社内で共有する必要があるということです。
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自社としてのハラスメントの意味づけを明確にする
法律上パワハラは「優越的な関係を背景とした言動であって、業務上必要かつ相当な範囲を超えたものにより、労働者の就業環境が害されるもの」と定義されています*。これに当てはまるような言動はあってはなりません。適正な対処をしていくべきです。
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しかし、いま多くの職場で直面しているのは、「業種柄、厳しい言葉の掛け合いも出てくるのだけど、それでもパワハラと言われてしまうのかな」といった、判断が難しく曖昧な部分の扱い方です。これを全て既存のルールで解決しようとしても難しいため、対話をしながら「うちの職場ではこれはハラスメントにあたる」と”自社としての捉え方”を意味づけていくことが重要です。
具体的には、以下の4つの点を意識して取り組むと良いでしょう。
①「ハラスメント研修」を対話の機会として活用する
ハラスメント対策として企業が講ずべき措置の一つに“研修の開催”があります。ここには、ハラスメントに対する企業としての方針を明確にし、周知・啓蒙していく、という意図があります。研修を開催することで、企業としてハラスメント対策に注力する意志を示すことができます。研修の中では、一方的に講義を行うのではなく、「講義を聴いて何を感じたか」「日頃の職場をふりかえった時にハラスメントに関連して何か思い浮かぶ場面はあるか」等の対話の時間を設けましょう。そうすることで、さまざまな現場の声を聴くことができます。そこで出てきた声をさらに別の人事施策に生かすことができるかもしれません。
②部下とのコミュニケーションについて相談できる機会をつくる
管理職においては「行き過ぎたコミュニケーションでハラスメントと言われたくない」「どういう関わりか方をすれば良いのか分からない」といった悩みが生じることがあります。そのような悩みを吐露し合い解消していく機会として、社内会議の中で時間を設けたり、管理職研修を行う等、“意識共有の場”を設けると良いでしょう。
③自社・業界独自のガイドラインをつくり共有する
前述したハラスメントの定義にある「労働者の就業環境が害されるもの」については、「当該言動により、労働者が身体的又は精神的に苦痛を与えられ、就業環境が不快なものとなったために能力の発揮に重大な悪影響が生じる等の当該労働者が就業する上で看過できない程度の支障が生じること」とされています*。厚生労働省は、さらに以下の6つの類型を挙げて、パワハラの代表的な言動のパターンを示しています。
・身体的な攻撃(暴行・傷害)
・精神的な攻撃(脅迫・名誉棄損・侮辱・ひどい暴言)
・人間関係からの切り離し(隔離・仲間外し・無視)
・過大な要求(業務上明らかに不要なことや遂行不可能なことの強制・仕事の妨害)
・過小な要求(業務上の合理性なく能力や経験とかけ離れた程度の低い仕事を命じることや仕事を与えないこと)
・個の侵害(私的なことに過度に立ち入ること)
【参考】ハラスメントの類型と種類 / あかるい職場応援団(厚生労働省)
ハラスメントかどうかの判断は、平均的な労働者の感じ方を基準にするべきとされており、そのラインを明確に示すことは簡単ではないため、これら6類型に沿って「自社(あるいは業界)ではどのような言動がこのパターンにあてはまるか」を話し合ってガイドラインを定めていくことが必要です。実際の職場で起こる言動を杓子定規で捉えず、コミュニケーションのあり方を考える習慣をつくることができるでしょう。
④日頃から互いの「ナラティブ」を知る意識をもつ
ナラティブとは、言葉がつなぎ合わされたもので、“語り”あるいは“物語”を指します。個と個の関係性の密度が濃い中小企業だからこそ、個々の背景にはさまざまなナラティブが存在し、それらが多様に重なり交じり合って、物事の意味づけや価値観の共有がなされています。
とかく私たちは言葉を自身の主観で捉え、自身がもつナラティブで理解しようとしがちです。しかし、そこから無理に結論をまとめあげようとせず、まずはお互いのナラティブを伝え合い、「いかに異なっているか」を明らかにし、そのことを受け止めることが相互理解のスタートであると言えます。一生懸命話し合うことで相互理解が深まるのではなく、お互い向き合って対話することで、まずは“異なり”を露わにし、そのことを真摯に受け止めた上で、「じゃあその異なりをどのようにつなげていこうか・どの点で重ね合わせていこうか」と自社の判断軸を考えて行くことが重要なのです。
ハラスメント対策も、「法改正がなされたからやらねばならない」と受け身に捉えるのではなく、“職場でのコミュニケーションのあり方を見直すきっかけ”と主体的に捉え、対話を通してお互いのナラティブを把握しながら、より良い職場環境を具体的に描く機会にしていくと良いでしょう。
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【参考・引用】*あかるい職場応援団 / 厚生労働省
*tiquitaca、mits、Blue flash、jessie、foly、node / PIXTA(ピクスタ)