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早すぎた死、元反骨のエース小繁氏の協調性!

     ◆◆コンピテンシーを磨けば仕事のできる人になれる◆◆

    <第226回>できる人のコンピテンシーをベンチマークする!

   ==■「早すぎた死、元反骨のエース小繁氏の協調性!」■==

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人は誰でも能力を保有しています。しかし、せっかくの保有能力が宝の持ち腐れと
なり、成果に結び付けられない人が実に多いのです。

「できる人のコンピテンシーをベンチマークする!」と題して事例を解説していき
ます。

コンピテンシーを磨けば誰でも仕事のできる人に自己変革できます。経営トップ・
管理者・社員の皆様、そして求職中の離職者の方や就職を目指す学生さんにも是非
ともお読みいただきたいと思います。

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<今回のメニュー>
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【1】キャンプに向かう直前、突然トレードを通告されて!
【2】わがまま江川に翻弄された波乱の人生!
【3】西武へ入団した清原、オリックスを蹴った新垣!
【4】編集後記

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栃木県作新学院出身の江川卓氏という投手は当時のドラフトの目玉だった。早くか
ら巨人以外には行かないとマスコミなどを通じて宣言していた。数球団から指名を
受けたがくじ引きの結果幸運を射止めたのは太平洋クラブライオンズというパリー
グの球団だった。

しかし江川氏は入団をかたくなに拒否、交渉の窓口も国会議員の荒船事務所を指定
した。結局太平洋クラブライオンズは誰一人江川氏と接触することは叶わず交渉権
時効を迎えた。一年間浪人した江川氏はじっと巨人との契約を待ち望んでいた。
そして野球協約の不備を突いて突然巨人と契約したのだった。しかしこれは違反と
され契約は白紙に戻された。

そして迎えたドラフト会議で新たに交渉権を獲得したのは阪神だった。ここでも江
川氏はかたくなに抵抗した。仕方なくコミッショナー裁定で江川氏に一旦阪神と契
約させ、即座にトレードで巨人に移籍させることが決定された。阪神はそのトレー
ド対象に巨人のエース小林繁氏を指名したのだった。一人の超わがまま新人に巨人
のエースの人生が翻弄されることになったのである。

そこで、今回は元反骨のエース小林繁氏の「協調性」に迫ってみる。


【1】キャンプに向かう直前、突然トレードを通告されて!

阪神への突然のトレード通告は1979年1月31日午前、宮崎キャンプに向かう直前
に羽田空港で告げられた。「まさか、自分が・・・」。

そして正式にトレードを了承したのは同日の深夜になってからだった。「協調性」
なるコンピテンシーの発揮だ。

ビジネスマンも転勤というのはある。プロ野球選手も就職先はプロ野球、配属先は
各球団と考えられなくもないのだがそう簡単には割り切れないようだ。球団によっ
て待遇がまるで違うし球団の選手育成方針や監督コーチの指導力如何によって選手
の人生が大きく左右されるからだ。

小林繁氏は当時巨人のエースで沢村賞も獲得している。細身の体だがサイドスロー
から繰り出すボールは打者の手元で微妙に変化し、大打者といえども苦戦した。

【2】わがまま江川に翻弄された波乱の人生!

阪神へのトレードを了承し、記者会見で小林氏は「望まれて行くのだからいやいや
ではなく、精一杯がんばる」と言い切った。わがまま江川氏とは全く違う人格の持
ち主であることを示した記者会見だった。

その言葉どおり、この年は22勝を挙げ、最多勝を獲得した。22勝のうち巨人か
らは8勝0敗と巨人キラー振りを発揮した。その翌年からも2桁勝利を挙げ続けた
が1983年に13勝を挙げたにもかかわらず突然引退を表明した。

絶頂期でも体重は70キロにも満たない細腕右腕は巨人阪神という名門球団でエー
スであり続けた。

読売新聞に掲載された長嶋氏のコメントによれば「阪神へのトレードになったのは
残念な思いでいっぱい。監督として悪いことをしてしまったという気持ちが残って
います」と。

小林氏の活躍でリーグ優勝を果たし、男にしてもらったエースをトレードで失うに
もかかわらず傍観していた自分が情けなく思ったことだろう。球団の決定に逆らえ
ば長嶋監督といえどもクビになったかもしれない。でも「江川は要りません」と言
って欲しかったと思うフアンは多かったはずだ。



【3】西武へ入団した清原、オリックスを蹴った新垣!

江川氏は本当に「ごね得」だったのだろうか。私の目から見れば並の投手でそれほ
ど目立った活躍はしなかったと思う。日本シリーズでも西武の強打者に打ちのめさ
れている。

オリックスから指名を受けたのにごねて入団しなかったのが現ソフトバンクの新垣
渚という投手だ。このときオリックスのスカウトが自殺に追い込まれている。新垣
を獲れるまで帰ってくるなとでも球団幹部にプレッシャーを与えられたのだろうか。

結局新垣氏は大学を経てソフトバンクに入団したがノーコンでほとんど活躍してい
ない。あの時素直にオリックスに入団していればあるいは大エースになっていたか
もしれないのに残念だ。

それにひきかえ、巨人に裏切られながらも西武の指名を受けて入団し高卒新人なが
ら大活躍し後に不動の四番に成長したのが清原氏だった。ここでも巨人が一枚絡ん
でいる。清原氏に指名すると言っておいて当日指名したのは同じPL学院の桑田投
手だった。

清原氏は小林氏と同じように「協調性」なるコンピテンシーが磨かれていたといえ
る。「協調性」だけでなく「柔軟性」なるコンピテンシーも持ち合わせていた。

くじ引きで選手の人生を左右するやり方には異論もあるが球団の均衡を図るために
必要な制度というなら西武に入団が決まった菊地雄星投手のように喜んで入団して
欲しいものだ。



【4】編集後記

小林氏は阪神に移ったとき「同情はしないで欲しい」と言っている。この言葉に阪
神フアンはしびれたに違いない。

今年は日本ハムの一軍投手コーチとして活躍するはずだった。自宅のある福井市に
帰ったときは地元の少年野球を指導していたという。こよなく野球を愛した小林繁
氏のご冥福を心からお祈りする。

<この記事は平成22年1月18日の読売新聞の記事も参考にしています。>


次回に続く

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        彩愛コンサルピア代表 下山明央

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