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ビジネスに直結する実践的判例・法律・知的財産情報
石下雅樹法律事務所 第3号 2005-11-10
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http://www.ishioroshi.com/btob/indexb.html
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1 今回の判例 会社内の発明の場合の「発明者」とは?
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
平成17年9月13日東京地裁判決
ファイザーは,1994年,高血圧症治療薬の服用量を調節するため錠剤を容易に
分割できるようにする技術を開発し,94年に
特許出願し,99年に登録されました。
ファイザーの日本
法人の製剤研究室長だったA氏(原告)は,共同研究者の上
司であり,会社はA氏に対し,
報奨金として計1万5000円を支払っていました。
そこで,A氏は,ファイザーに対し,同
特許の発明者であるとして,
特許を譲
渡した対価の一部である10億円の支払いを会社に求め,民事訴訟を起こしていま
した。
今回問題となったのは,A氏が「発明者」といえるか否かです。
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
2 判決の概要
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
(1)発明者の認定基準
裁判所は,
特許法にいう発明者について「真の発明者(共同発明者)といえる
ためには,当該発明における技術的思想の創作行為に現実に加担したことが必要
である。」としました。
そして,裁判所は,以下のような者は発明者には当らない,としました。
* 発明者に対して一般的管理をしたにすぎない者(単なる管理者)
(例)具体的着想を示さずに,単に通常の研究テーマを与えたり,発明の過程に
おいて単に一般的な指導を与えたり,課題の解決のための抽象的助言を与
えたにすぎない者
* 発明者の指示に従い,
補助したにすぎない者(単なる
補助者)
(例)単にデータをまとめたり,文書を作成したり,実験を行ったにすぎない者
* 発明者による発明の完成を援助したにすぎない者(単なる後援者)
(例)発明者に資金を提供したり,設備利用の便宜を与えたにすぎない者等
(2)発明者と発明の性質
裁判所は,「本件発明においては,課題の解決のための方向性が設定されただ
けでは,予想通りの結果が得られるとは限らず,錠剤の形状についての着想のみ
では,実験を経ていない以上発明が具体化したとはいえない。そして,本件発明
は,実験の積み重ねによって課題の解決のための方向性が具体化されていく性質
のものであり,これによって初めて発明が具体化し,完成したものであって,実
験が重要な要素をなしているということができる。」としました。
つまり,発明の性質,内容によって,発明者といえるための行為の内容は異な
るわけです。
(3)A氏が発明者といえるか
裁判所は,まず,そもそもA氏が錠剤の形状を着想したと認めるに足りる証拠
がないとし,「本件発明は,錠剤の形状についての着想のみでは到底具体化した
とはいえないものであり,その後の実験によって初めて本件発明が具体化し,完
成したものというべきであるところ,原告において自ら実験したり実験の具体的
な内容についてB(部下)に指示を行ったりしたことを認めるに足りる客観的証
拠はなく,重要な実験に立会いすらしなかった」とし,「製剤研究室長として,
部下であるBに対して一般的な指導を与えたりしたに止まるから,発明者に対し
て一般的管理をしたにすぎず,共同発明者の評価に値する技術的思想の創作行為
に現実に加担したということはできない。」としました。
つまり,裁判所は,A氏は,発明の着想をしたという証拠もない,実験につい
て具体的指示も立ち会いもなく,一般的管理者に過ぎなかった,と認定したので
す。
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
3 解説
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
(1)職務発明と発明者
特許法は,職務発明であっても,「
特許を受ける権利」や「
特許権」は,原始
的に
従業員である発明者に帰属し,この権利を
使用者(会社等)が承継するため
には,相当の対価(補償金)を受ける権利が
従業員にあるという立場を取ってい
ます(平成16年改正前の
特許法)。
それで,言わずとしれた青色発光ダイオード事件のように,発明者が,会社に
対し「相当の対価」の支払を求めて訴訟を起こす事件が生じてきたわけです。
しかし,「相当の対価」を求めるためには,まずその
従業員が「発明者」でな
ければなりません。そしてこの「発明者」は,
特許公報に記載されていればただ
ちに「発明者」と認められる訳ではなく,裁判所が述べたような認定基準が,一
般的に認められています。
2)わが国の
特許出願における発明者のあいまいな記載
しかし,わが国では,実際は,着想に直接関係のない上司や関係者が共同発明
者として記載され出願されるケース,人数合わせから,共同発明者であっても,
若年であるといった理由で発明者の記載から外されるケースもあるようです。
3)発明者が取るべき対策
それで,発明者自身としては,「技術的思想の創作行為に現実に荷担した」こ
とを立証できるよう,日頃から証拠を残しておく必要があります。
例えば,日々の研究において,研究ノートなど,日付とともに,自分で得た着
想を詳細に記録し,さらに,開発研究過程においても,実験内容,データ,分析
過程等を,詳細に取ることができます。そして,誰からどんな指示を受け,また
,共同研究者の誰がどんな役割を果たしたか,また誰にどんな指示をしたか,と
いった記録も取ることができます。そして,自分用の研究ノートを自分で保管し
ておくことも,可能なら行うことできます。
他方,会社側にとっても,これはメリットとなります。例えば米国では,発明
者個人の権利を保護するため,出願人は発明者でなければなりません。そして,
この発明者の規定は厳格であり,発明者を偽った場合,
特許が無効となる場合が
あります。ですから,発明者の厳格な認定は,会社側にとっても利益となるので
す。
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本マガジンの無断複製,転載を禁止します。
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【編集発行】石下雅樹法律事務所
〒220-0011 神奈川県横浜市西区高島2-12-20
熊澤永代ビル5階
mailto:
info@ishioroshi.com
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本マガジンに対するご意見,ご感想は
mailto:
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1 今回の判例 会社内の発明の場合の「発明者」とは?
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ファイザーは,1994年,高血圧症治療薬の服用量を調節するため錠剤を容易に
分割できるようにする技術を開発し,94年に特許出願し,99年に登録されました。
ファイザーの日本法人の製剤研究室長だったA氏(原告)は,共同研究者の上
司であり,会社はA氏に対し,報奨金として計1万5000円を支払っていました。
そこで,A氏は,ファイザーに対し,同特許の発明者であるとして,特許を譲
渡した対価の一部である10億円の支払いを会社に求め,民事訴訟を起こしていま
した。
今回問題となったのは,A氏が「発明者」といえるか否かです。
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2 判決の概要
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(1)発明者の認定基準
裁判所は,特許法にいう発明者について「真の発明者(共同発明者)といえる
ためには,当該発明における技術的思想の創作行為に現実に加担したことが必要
である。」としました。
そして,裁判所は,以下のような者は発明者には当らない,としました。
* 発明者に対して一般的管理をしたにすぎない者(単なる管理者)
(例)具体的着想を示さずに,単に通常の研究テーマを与えたり,発明の過程に
おいて単に一般的な指導を与えたり,課題の解決のための抽象的助言を与
えたにすぎない者
* 発明者の指示に従い,補助したにすぎない者(単なる補助者)
(例)単にデータをまとめたり,文書を作成したり,実験を行ったにすぎない者
* 発明者による発明の完成を援助したにすぎない者(単なる後援者)
(例)発明者に資金を提供したり,設備利用の便宜を与えたにすぎない者等
(2)発明者と発明の性質
裁判所は,「本件発明においては,課題の解決のための方向性が設定されただ
けでは,予想通りの結果が得られるとは限らず,錠剤の形状についての着想のみ
では,実験を経ていない以上発明が具体化したとはいえない。そして,本件発明
は,実験の積み重ねによって課題の解決のための方向性が具体化されていく性質
のものであり,これによって初めて発明が具体化し,完成したものであって,実
験が重要な要素をなしているということができる。」としました。
つまり,発明の性質,内容によって,発明者といえるための行為の内容は異な
るわけです。
(3)A氏が発明者といえるか
裁判所は,まず,そもそもA氏が錠剤の形状を着想したと認めるに足りる証拠
がないとし,「本件発明は,錠剤の形状についての着想のみでは到底具体化した
とはいえないものであり,その後の実験によって初めて本件発明が具体化し,完
成したものというべきであるところ,原告において自ら実験したり実験の具体的
な内容についてB(部下)に指示を行ったりしたことを認めるに足りる客観的証
拠はなく,重要な実験に立会いすらしなかった」とし,「製剤研究室長として,
部下であるBに対して一般的な指導を与えたりしたに止まるから,発明者に対し
て一般的管理をしたにすぎず,共同発明者の評価に値する技術的思想の創作行為
に現実に加担したということはできない。」としました。
つまり,裁判所は,A氏は,発明の着想をしたという証拠もない,実験につい
て具体的指示も立ち会いもなく,一般的管理者に過ぎなかった,と認定したので
す。
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(1)職務発明と発明者
特許法は,職務発明であっても,「特許を受ける権利」や「特許権」は,原始
的に従業員である発明者に帰属し,この権利を使用者(会社等)が承継するため
には,相当の対価(補償金)を受ける権利が従業員にあるという立場を取ってい
ます(平成16年改正前の特許法)。
それで,言わずとしれた青色発光ダイオード事件のように,発明者が,会社に
対し「相当の対価」の支払を求めて訴訟を起こす事件が生じてきたわけです。
しかし,「相当の対価」を求めるためには,まずその従業員が「発明者」でな
ければなりません。そしてこの「発明者」は,特許公報に記載されていればただ
ちに「発明者」と認められる訳ではなく,裁判所が述べたような認定基準が,一
般的に認められています。
2)わが国の特許出願における発明者のあいまいな記載
しかし,わが国では,実際は,着想に直接関係のない上司や関係者が共同発明
者として記載され出願されるケース,人数合わせから,共同発明者であっても,
若年であるといった理由で発明者の記載から外されるケースもあるようです。
3)発明者が取るべき対策
それで,発明者自身としては,「技術的思想の創作行為に現実に荷担した」こ
とを立証できるよう,日頃から証拠を残しておく必要があります。
例えば,日々の研究において,研究ノートなど,日付とともに,自分で得た着
想を詳細に記録し,さらに,開発研究過程においても,実験内容,データ,分析
過程等を,詳細に取ることができます。そして,誰からどんな指示を受け,また
,共同研究者の誰がどんな役割を果たしたか,また誰にどんな指示をしたか,と
いった記録も取ることができます。そして,自分用の研究ノートを自分で保管し
ておくことも,可能なら行うことできます。
他方,会社側にとっても,これはメリットとなります。例えば米国では,発明
者個人の権利を保護するため,出願人は発明者でなければなりません。そして,
この発明者の規定は厳格であり,発明者を偽った場合,特許が無効となる場合が
あります。ですから,発明者の厳格な認定は,会社側にとっても利益となるので
す。
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