こんにちは、
産業医・労働衛生コンサルタントの朝長健太です。
産業医として化学工場、営業事務所、IT企業、電力会社、小売企業等で勤務し、厚生労働省において労働行政に携わり、臨床医として治療を行った複数の健康管理の視点で情報発信をしております。
さらに、文末のように令和元日(5月1日)に、「令和の働き方 部下がいる全ての人のための 働き方改革を
資産形成につなげる方法」を出版し、今まで高価であった
産業医が持つ情報を、お手頃な価格にすることができました。
http://hatarakikatakaikaku.com/
今回は、「【事例】新型コロナウイルスに対する労働衛生・
産業医対策」につい作成しました。
労働衛生の取組を行うことで、
従業員に培われる「技術」「経験」「人間関係」等の財産を、企業が安定して享受するためにご活用ください。
========================
【事例】新型コロナウイルスに対する労働衛生・
産業医対策
========================
弊社の
産業医活動について、ある医学部教授より依頼があり、3月に事例のまとめを作成しておりました。
少し古い事例ですが、5月に入っても全ての事業所で安定した経営がされていますので、良好事例として報告させていただきます。
健康とは身体的・精神的・社会的に健康であることであり、最高裁判例でさえ、身体的な健康のみを守る目的で法令違反した場合、精神的な健康が損なわれた場合は、法令違反者に
損害賠償が発生しています。
労働衛生上の身体的・精神的・社会的に健康であるかどうかを評価をする方法は、身体的・精神的・社会的な医学的健康の観点でリスクアセスメントして対策することになります。労働衛生に関するリスクアセスメントの活用方法として参考にして下さい。
新型コロナウイルスから考えるリスクアセスメントと予防
https://www.soumunomori.com/column/article/atc-174501/
○事例について(報告)
ここで
産業医業務
事業者が、請け負っている事業所の中で新型コロナウイルス対策に対応した事例について紹介する。取り上げるのは、機械加工工場、士業事務所、電力会社営業所・配電事業所、タクシー会社の4事業所であり、共通する対策と個別対策に分けて報告する。
○共通する対策
①健康教育
第一に健康教育である。
具体的には、手洗い、対人距離の保持、流行状態の把握などの対策や健康管理について説明を行った。マスクは飛沫を吸い込まないことや飛沫を飛ばさないこととして効果的であることを強調した。
さらに、インフルエンザ流行についての説明を継続的に行った。令和2年3月の厚生労働省健康局感染症課プレスリリース「インフルエンザの発生状況について」の報告数推移に基づき、1週間当たりの患者数のピークが前年度の半分以下となっていることを示し、新型コロナウイルスの社会的な予防管理の取り組みが、結果的にインフルエンザの予防にも効果があったことを説明した。このような明らかなプラス効果を含んだ情報のアナウンスは、事業所サイドの予防意欲の向上につながった。
②リスクアセスメント
予防対策が消極的であると、疾病が発生し、
労働者の身体的健康が阻害される。逆に過剰な対策は、事業利益の低下を引き起こし、間接的に
労働者の精神的、社会的健康を損なうおそれがある。そういった事態にならないように、それぞれの事業所に適した予防対策を選定するための総括管理支援を行った。
具体的には、リスクを「見える化」するリスクアセスメントを行い、それに基づいた予防対策の提言を行った。安全のリスクアセスメントは、発生の可能性と発生した際の影響の大きさに注目して評価するものである。
今回、新型コロナウイルスの評価においては、個人の健康リスクに対するアセスメント(以下、「個人評価」という)と、事業所における組織としての健康リスクに対するアセスメント(以下、「組織評価」という)を分けて行った。
なお、個人評価、組織評価ともに「発生の可能性」については、次のように4段階で評価した。
・極高:法令または一定のルールに基づく予防対策が十分でないため、特に注意を要する場合
・高:法令または一定のルールに基づく予防対策がなされているが、十分に注意しても発生するおそれがある場合
・中:法令または一定のルール以上の予防対策がなされているが、発生するおそれがある場合
・低:適切な予防対策により、特に注意をしなくとも発生するおそれがない場合
また、個人評価、組織評価の「重大性」は、ともに以下のように、それぞれ5段階で評価した。
個人評価の重大性 組織評価の重大性
・致命的 ・業務停止
・時に致命的 ・風評被害
・要入院加療 ・利益低下
・要外来加療 ・
労働者の移動制限等
・その他軽症 ・その他影響
○機械加工工場の事例
この機械加工工場は、国内の
労働者数は十数名であるが、
労働安全衛生法(以下、「安衛法」という)第13条の2に基づき、
産業医に健康管理を行わせる努力義務を果たしている先進的な事業所である。また、東南アジアを中心として海外に数十名ずつの規模で4事業所を持っている。
工場内部での製造加工が中心となるため、個人評価における発生の可能性は「中」である。60歳を超える
労働者がいなかったことから、重大性は「要外来加療」とした。健康管理に関しては、健康教育に基づく予防対策(以下、「基本的対策」という)を徹底し、症状が疑われる場合は、早期の休養を取得するように指導を行った。
組織評価について、休業者が増加し生産性が低下することで、当初は「利益低下」が最大の重大性であるとの評価であったが、1月23日に外務省より「中国における新型コロナウイルスの発生(一部地域の感染症危険レベル引き上げ)」が発出されたことにより、
事業者や担当者が渡航できなくなり、海外事業所の稼働が困難になるおそれが出てきたため、重大性は「業務停止」となった。また、国内で適切な対策が行われても、海外の事情によってリスクが生じることもありうるので、発生の可能性は「高」とした。
したがって、業務停止を避けるために、感染の疑いがないことを確認の上、
事業者が海外拠点に滞在を続け、国内に対しては遠隔の指揮をとる体制を整えた。
○士業事務所の事例
この士業事務所も、安衛法第13条の2に基づく努力義務を果たしている事業所である。
労働者数は数人であるが、士業の特性として、資格保有者の健康障害は事業所の利益低下に直結する。また、事業所の信用が利益に大きく影響するため、特に厳重な対策を必要とした。
顧客と比較的濃厚な接触が生ずるものの、その顧客は限定されるため、個人評価における発生の可能性は「中」である。重大性については、過半数が60歳を超えていることから「要入院加療」との評価であった。
組織評価は、個人評価を元に考慮し、発生の可能性は「中」であり、重大性については、資格保有者が入院加療となった場合を想定し、「業務停止」であった。
対策としては、個人の健康管理の徹底とした。具体的には、基本的対策に加え、顧客との打合せの頻度を制限した。さらに、60歳以上の
事業者および
労働者は、
産業医の指示により、あるいは
産業医と主治医の連携の上での指示により、医療機関を事前に受診し、主治医と相談の上、感冒や気管支炎に対する処方を受けた。
その後、
労働者の1人に感冒症状が発生したため、速やかに主治医に確認を行い、内服および安静加療を行った。その後、その
労働者は回復し、感冒の伝染もなく、安定した経営を続けることができている。
○電力会社営業所・配電事業所の事例
この電力会社営業所・配電事業所は東証一部企業の事業所であるため、原則的な衛生管理対策への取り組みは、本社指導に基づいて行っている。規模は営業所で50人未満、配電事業所で50人以上と合わせて100人程度である。事業所独自の取り組みとしては、
衛生委員会を適切に運営する中で、法令以上の取り組みとして
産業医による健康教育を定期的に行っていた。そのため2019年11月の時点で感冒予防に対する健康教育を行っており、対策に関する情報共有は、本社指導よりも前倒して行うことができた。
さらに、過去のSIRSや新型インフルエンザウイルスの経験に基づき、感染症を想定した継続的な対策として、マスクの備蓄を行っており、事業所内の
労働者に十分な量のマスクを供給することができた。
個人評価の重大性については、60歳を超える
労働者が数人であったことから「要外来加療」の評価であった。発生の可能性については、2月から3月上旬における事業所所在県の患者数が0人であったことから、不特定多数と接触する可能性がある営業所は「中」、工事などの業務が中心となる配電事業所は「低」であった。個人の健康管理については、基本的対策を中心に行っていたが、全国的なマスク不足を受けて、2月上旬より本社指導の取り組みに合わせる形で、必要な
労働者にマスク装着を徹底するなど、対策とコストのバランスの最適化が図られた。
組織評価については、重大性とそれに伴う対策が本社指導で行われていたため、事業所として個別に評価を行うことはしなかった。本社指導のポイントを紹介すると、重大性は、新型コロナウイルス患者の発生条件で整理されており、県内、市内、
労働者の家庭内、
労働者、複数の
労働者、事業所停止の検討を要する場合に分けられ、それぞれ具体的な対策や、
労働者が休暇を取得するための就業上の制度についても説明がされていた。
産業医は、この本社指導のうち個別具体的な対応について支援を行った。
なお、必要な会議は最小限にすることとされていたが、
衛生委員会に関しては
人事担当部長をはじめ、委員が必要性を自覚し、通常の開催を続けた。
○タクシー会社の事例
このタクシー会社の規模は50人以上である。業種の特徴として、旅客自動車運送事業運輸規則第37条に基づき、運転手の健康状態を乗務員台帳に記載することが義務づけられているため、運転手については乗車前に健康状態を確認する仕組み(以下、「チェック体制」という)が確立していた。
個人評価は、不特定多数の顧客を相手にすることになるため、発生の可能性は「高」であり、重大性については、一部年齢が高く内科的
合併症を持っている
労働者がいるため「時に致命的」であった。
合併症などを持たない
労働者に対しては、基本的対策を徹底した。また、内科的
合併症を持っている
労働者に対しては、可能な限り出勤を控え、基礎疾患の加療に専念しつつ経過観察するように、
産業医の意見に基づく措置をとった。また、休業取得に関する
就業規則については、
労働者と協議し、事業所と
労働者双方が合意できる内容とした。
組織評価については、個人評価に準じて発生の可能性は「高」であった。運転手がスーパー・スプレッダーとなった場合に、重大性は「業務停止」が想定されたが、チェック体制に基づき、感染が疑われる運転手は乗車させないことで、その可能性はほぼゼロにできると判断し、スーパー・スプレッダーではないにも関わらずその噂が発生する「風評被害」とした。
顧客との接触を避けることにより風評被害の発生を防ぐことは困難と評価し、それ以外に風評被害の発生を減らすための対策を提案した。風評被害は、情報不足に伴う不安から発生することがあるので、行政やタクシー協会から示されている対策を徹底して行い、具体的な対策の内容を車内に掲示することで乗客に周知することとした。また、感染が疑われる者を運転手として乗車させていないことも示し、理解が得られるように取り組みを行った。
また、消毒対策などを徹底して行ったため、人件費、
消耗品費の面で利益低下につながるおそれがあったが、風評被害の方が重大であることを見える化し、社内で徹底していたことで、
労働者にも理解が広がり、円滑な対策を行うことができた。
〇3つの効果的対策
新型コロナウイルスに関する事業所の事例において、特に効果を発揮したとみられるポイントは、主に次の3点である。
第一に、個人の健康管理と組織の健康管理を区別したことである。
一般的に個人の健康維持と
事業者の営利活動継続には相反する面があるため、そのバランスを保つ上で、安衛法などがその基準を規定している。ここで取り上げた事例も、個人の健康管理と
事業者の営利活動継続を明確に区別し、リスクアセスメントで比較的定量的な評価をすることで、双方が不利益を被らないよう取り組みを整理することができた。
時に個人的な健康管理を優先する主張もあったが、結果として組織としての目標を達成する方向で、健康管理の全体像を示すことができた。その間、社会的に消費動向が低迷し、利益低下のおそれがある中で、特に過剰な対策をとらずに済んだことは、可能な限り利益を確保するという観点からは重要であったと思われる。
第二に、日頃の労働衛生に関する取り組みを有効活用したことである。
衛生委員会、チェック体制、
産業医等産業保健業務従事者と現場担当者間の情報共有といった、労働衛生上の取り組みが、
労働者の健康リスクに対する不安の解消や
事業者の意思決定に有効な機能を果たしたと考えることができる。
衛生委員会については、それぞれの委員が問題意識を持ち、関連する部署や
労働組合から情報を収集し、課題を共有するためには非常に機能的な組織だった。電力会社営業所・配電事業所の事例では、本部指示を速やかに事業所内に共有する役割を果たした。また、情報のハブとしてだけでなく、事業所の特性に合わせた対策の取捨選択や優先順位を定める議論の場にもなった。
タクシー会社の事例で示した、感染者の疑いのある
労働者を運転業務に就かせていないという情報発信は、風評被害を防止する対策として、大いに効果を発揮することとなった。この対策の鍵となったチェック体制は、突発的な対応でなく、持続的な取り組みに基づいており、普段からの健康管理、健康教育が重要であることの証左となっている。
リスクは突発的に顕在化するため、その対策の構築をゼロからスタートすることになると、すべての対応が後手に回ってしまう。リスク対策における日頃からの取り組みは、速やかかつ円滑な対応を実現するために非常に重要である。
第三に、事業所に合わせた段階的な取り組みを行ったことである。事業所に共通する取り組みは、安衛法に基づく取り組みであり、一般的な
産業医や
衛生管理者であれば日頃から行っているものである。
しかし、具体的な取り組みについては事業所ごとに異なる。
労働者の健康水準も事業所ごとに異なり、また同じ事業所においても個々の
労働者によって異なっている。さらに個人および組織としての健康管理の具体的対策について、ある事業所では初期予防とされていた対策が、別の事業所では次段階の予防対策となることもある。
小規模事業所であればこそ、
労働者の健康管理を徹底し、主治医との連携を密に図り、
事業者としても十分にコストをかけた対策を行うことが可能であったが、規模の大きな事業所では、そこまでのきめこまやかな対策を行うことは困難であった。
このように、一般的な予防対策はあるが、実際には事業所ごとに異なった対策を講ずる必要がある。すでに事業継続計画(以下、「BCP」という)に取り組んでいる、ある程度の規模の事業所は、BCPに基づいて、粛々と対応しているだろう。ただ、中小・零細の事業所では、対策の専門部署が継続的に組織されているわけではないので、特に今回の新型コロナウイルスのような新規の突発的な感染症については、対応が後手後手になり、取り返しがつかない状況に陥ってしまう。そのためにも、一刻も早く委託している
産業医業務
事業者に相談することが必要である。
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令和の働き方 部下がいる全ての人のための 働き方改革を
資産形成につなげる方法
http://miraipub.jp/books/%E3%80%8C%E4%BB%A4%E5%92%8C%E3%80%8D%E3%81%AE%E5%83%8D%E3%81%8D%E6%96%B9-%E9%83%A8%E4%B8%8B%E3%81%8C%E3%81%84%E3%82%8B%E5%85%A8%E3%81%A6%E3%81%AE%E4%BA%BA%E3%81%AE%E3%81%9F%E3%82%81%E3%81%AE-%E5%83%8D/
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こんにちは、産業医・労働衛生コンサルタントの朝長健太です。
産業医として化学工場、営業事務所、IT企業、電力会社、小売企業等で勤務し、厚生労働省において労働行政に携わり、臨床医として治療を行った複数の健康管理の視点で情報発信をしております。
さらに、文末のように令和元日(5月1日)に、「令和の働き方 部下がいる全ての人のための 働き方改革を資産形成につなげる方法」を出版し、今まで高価であった産業医が持つ情報を、お手頃な価格にすることができました。
http://hatarakikatakaikaku.com/
今回は、「【事例】新型コロナウイルスに対する労働衛生・産業医対策」につい作成しました。
労働衛生の取組を行うことで、従業員に培われる「技術」「経験」「人間関係」等の財産を、企業が安定して享受するためにご活用ください。
========================
【事例】新型コロナウイルスに対する労働衛生・産業医対策
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弊社の産業医活動について、ある医学部教授より依頼があり、3月に事例のまとめを作成しておりました。
少し古い事例ですが、5月に入っても全ての事業所で安定した経営がされていますので、良好事例として報告させていただきます。
健康とは身体的・精神的・社会的に健康であることであり、最高裁判例でさえ、身体的な健康のみを守る目的で法令違反した場合、精神的な健康が損なわれた場合は、法令違反者に損害賠償が発生しています。
労働衛生上の身体的・精神的・社会的に健康であるかどうかを評価をする方法は、身体的・精神的・社会的な医学的健康の観点でリスクアセスメントして対策することになります。労働衛生に関するリスクアセスメントの活用方法として参考にして下さい。
新型コロナウイルスから考えるリスクアセスメントと予防
https://www.soumunomori.com/column/article/atc-174501/
○事例について(報告)
ここで産業医業務事業者が、請け負っている事業所の中で新型コロナウイルス対策に対応した事例について紹介する。取り上げるのは、機械加工工場、士業事務所、電力会社営業所・配電事業所、タクシー会社の4事業所であり、共通する対策と個別対策に分けて報告する。
○共通する対策
①健康教育
第一に健康教育である。
具体的には、手洗い、対人距離の保持、流行状態の把握などの対策や健康管理について説明を行った。マスクは飛沫を吸い込まないことや飛沫を飛ばさないこととして効果的であることを強調した。
さらに、インフルエンザ流行についての説明を継続的に行った。令和2年3月の厚生労働省健康局感染症課プレスリリース「インフルエンザの発生状況について」の報告数推移に基づき、1週間当たりの患者数のピークが前年度の半分以下となっていることを示し、新型コロナウイルスの社会的な予防管理の取り組みが、結果的にインフルエンザの予防にも効果があったことを説明した。このような明らかなプラス効果を含んだ情報のアナウンスは、事業所サイドの予防意欲の向上につながった。
②リスクアセスメント
予防対策が消極的であると、疾病が発生し、労働者の身体的健康が阻害される。逆に過剰な対策は、事業利益の低下を引き起こし、間接的に労働者の精神的、社会的健康を損なうおそれがある。そういった事態にならないように、それぞれの事業所に適した予防対策を選定するための総括管理支援を行った。
具体的には、リスクを「見える化」するリスクアセスメントを行い、それに基づいた予防対策の提言を行った。安全のリスクアセスメントは、発生の可能性と発生した際の影響の大きさに注目して評価するものである。
今回、新型コロナウイルスの評価においては、個人の健康リスクに対するアセスメント(以下、「個人評価」という)と、事業所における組織としての健康リスクに対するアセスメント(以下、「組織評価」という)を分けて行った。
なお、個人評価、組織評価ともに「発生の可能性」については、次のように4段階で評価した。
・極高:法令または一定のルールに基づく予防対策が十分でないため、特に注意を要する場合
・高:法令または一定のルールに基づく予防対策がなされているが、十分に注意しても発生するおそれがある場合
・中:法令または一定のルール以上の予防対策がなされているが、発生するおそれがある場合
・低:適切な予防対策により、特に注意をしなくとも発生するおそれがない場合
また、個人評価、組織評価の「重大性」は、ともに以下のように、それぞれ5段階で評価した。
個人評価の重大性 組織評価の重大性
・致命的 ・業務停止
・時に致命的 ・風評被害
・要入院加療 ・利益低下
・要外来加療 ・労働者の移動制限等
・その他軽症 ・その他影響
○機械加工工場の事例
この機械加工工場は、国内の労働者数は十数名であるが、労働安全衛生法(以下、「安衛法」という)第13条の2に基づき、産業医に健康管理を行わせる努力義務を果たしている先進的な事業所である。また、東南アジアを中心として海外に数十名ずつの規模で4事業所を持っている。
工場内部での製造加工が中心となるため、個人評価における発生の可能性は「中」である。60歳を超える労働者がいなかったことから、重大性は「要外来加療」とした。健康管理に関しては、健康教育に基づく予防対策(以下、「基本的対策」という)を徹底し、症状が疑われる場合は、早期の休養を取得するように指導を行った。
組織評価について、休業者が増加し生産性が低下することで、当初は「利益低下」が最大の重大性であるとの評価であったが、1月23日に外務省より「中国における新型コロナウイルスの発生(一部地域の感染症危険レベル引き上げ)」が発出されたことにより、事業者や担当者が渡航できなくなり、海外事業所の稼働が困難になるおそれが出てきたため、重大性は「業務停止」となった。また、国内で適切な対策が行われても、海外の事情によってリスクが生じることもありうるので、発生の可能性は「高」とした。
したがって、業務停止を避けるために、感染の疑いがないことを確認の上、事業者が海外拠点に滞在を続け、国内に対しては遠隔の指揮をとる体制を整えた。
○士業事務所の事例
この士業事務所も、安衛法第13条の2に基づく努力義務を果たしている事業所である。労働者数は数人であるが、士業の特性として、資格保有者の健康障害は事業所の利益低下に直結する。また、事業所の信用が利益に大きく影響するため、特に厳重な対策を必要とした。
顧客と比較的濃厚な接触が生ずるものの、その顧客は限定されるため、個人評価における発生の可能性は「中」である。重大性については、過半数が60歳を超えていることから「要入院加療」との評価であった。
組織評価は、個人評価を元に考慮し、発生の可能性は「中」であり、重大性については、資格保有者が入院加療となった場合を想定し、「業務停止」であった。
対策としては、個人の健康管理の徹底とした。具体的には、基本的対策に加え、顧客との打合せの頻度を制限した。さらに、60歳以上の事業者および労働者は、産業医の指示により、あるいは産業医と主治医の連携の上での指示により、医療機関を事前に受診し、主治医と相談の上、感冒や気管支炎に対する処方を受けた。
その後、労働者の1人に感冒症状が発生したため、速やかに主治医に確認を行い、内服および安静加療を行った。その後、その労働者は回復し、感冒の伝染もなく、安定した経営を続けることができている。
○電力会社営業所・配電事業所の事例
この電力会社営業所・配電事業所は東証一部企業の事業所であるため、原則的な衛生管理対策への取り組みは、本社指導に基づいて行っている。規模は営業所で50人未満、配電事業所で50人以上と合わせて100人程度である。事業所独自の取り組みとしては、衛生委員会を適切に運営する中で、法令以上の取り組みとして産業医による健康教育を定期的に行っていた。そのため2019年11月の時点で感冒予防に対する健康教育を行っており、対策に関する情報共有は、本社指導よりも前倒して行うことができた。
さらに、過去のSIRSや新型インフルエンザウイルスの経験に基づき、感染症を想定した継続的な対策として、マスクの備蓄を行っており、事業所内の労働者に十分な量のマスクを供給することができた。
個人評価の重大性については、60歳を超える労働者が数人であったことから「要外来加療」の評価であった。発生の可能性については、2月から3月上旬における事業所所在県の患者数が0人であったことから、不特定多数と接触する可能性がある営業所は「中」、工事などの業務が中心となる配電事業所は「低」であった。個人の健康管理については、基本的対策を中心に行っていたが、全国的なマスク不足を受けて、2月上旬より本社指導の取り組みに合わせる形で、必要な労働者にマスク装着を徹底するなど、対策とコストのバランスの最適化が図られた。
組織評価については、重大性とそれに伴う対策が本社指導で行われていたため、事業所として個別に評価を行うことはしなかった。本社指導のポイントを紹介すると、重大性は、新型コロナウイルス患者の発生条件で整理されており、県内、市内、労働者の家庭内、労働者、複数の労働者、事業所停止の検討を要する場合に分けられ、それぞれ具体的な対策や、労働者が休暇を取得するための就業上の制度についても説明がされていた。産業医は、この本社指導のうち個別具体的な対応について支援を行った。
なお、必要な会議は最小限にすることとされていたが、衛生委員会に関しては人事担当部長をはじめ、委員が必要性を自覚し、通常の開催を続けた。
○タクシー会社の事例
このタクシー会社の規模は50人以上である。業種の特徴として、旅客自動車運送事業運輸規則第37条に基づき、運転手の健康状態を乗務員台帳に記載することが義務づけられているため、運転手については乗車前に健康状態を確認する仕組み(以下、「チェック体制」という)が確立していた。
個人評価は、不特定多数の顧客を相手にすることになるため、発生の可能性は「高」であり、重大性については、一部年齢が高く内科的合併症を持っている労働者がいるため「時に致命的」であった。合併症などを持たない労働者に対しては、基本的対策を徹底した。また、内科的合併症を持っている労働者に対しては、可能な限り出勤を控え、基礎疾患の加療に専念しつつ経過観察するように、産業医の意見に基づく措置をとった。また、休業取得に関する就業規則については、労働者と協議し、事業所と労働者双方が合意できる内容とした。
組織評価については、個人評価に準じて発生の可能性は「高」であった。運転手がスーパー・スプレッダーとなった場合に、重大性は「業務停止」が想定されたが、チェック体制に基づき、感染が疑われる運転手は乗車させないことで、その可能性はほぼゼロにできると判断し、スーパー・スプレッダーではないにも関わらずその噂が発生する「風評被害」とした。
顧客との接触を避けることにより風評被害の発生を防ぐことは困難と評価し、それ以外に風評被害の発生を減らすための対策を提案した。風評被害は、情報不足に伴う不安から発生することがあるので、行政やタクシー協会から示されている対策を徹底して行い、具体的な対策の内容を車内に掲示することで乗客に周知することとした。また、感染が疑われる者を運転手として乗車させていないことも示し、理解が得られるように取り組みを行った。
また、消毒対策などを徹底して行ったため、人件費、消耗品費の面で利益低下につながるおそれがあったが、風評被害の方が重大であることを見える化し、社内で徹底していたことで、労働者にも理解が広がり、円滑な対策を行うことができた。
〇3つの効果的対策
新型コロナウイルスに関する事業所の事例において、特に効果を発揮したとみられるポイントは、主に次の3点である。
第一に、個人の健康管理と組織の健康管理を区別したことである。
一般的に個人の健康維持と事業者の営利活動継続には相反する面があるため、そのバランスを保つ上で、安衛法などがその基準を規定している。ここで取り上げた事例も、個人の健康管理と事業者の営利活動継続を明確に区別し、リスクアセスメントで比較的定量的な評価をすることで、双方が不利益を被らないよう取り組みを整理することができた。
時に個人的な健康管理を優先する主張もあったが、結果として組織としての目標を達成する方向で、健康管理の全体像を示すことができた。その間、社会的に消費動向が低迷し、利益低下のおそれがある中で、特に過剰な対策をとらずに済んだことは、可能な限り利益を確保するという観点からは重要であったと思われる。
第二に、日頃の労働衛生に関する取り組みを有効活用したことである。
衛生委員会、チェック体制、産業医等産業保健業務従事者と現場担当者間の情報共有といった、労働衛生上の取り組みが、労働者の健康リスクに対する不安の解消や事業者の意思決定に有効な機能を果たしたと考えることができる。
衛生委員会については、それぞれの委員が問題意識を持ち、関連する部署や労働組合から情報を収集し、課題を共有するためには非常に機能的な組織だった。電力会社営業所・配電事業所の事例では、本部指示を速やかに事業所内に共有する役割を果たした。また、情報のハブとしてだけでなく、事業所の特性に合わせた対策の取捨選択や優先順位を定める議論の場にもなった。
タクシー会社の事例で示した、感染者の疑いのある労働者を運転業務に就かせていないという情報発信は、風評被害を防止する対策として、大いに効果を発揮することとなった。この対策の鍵となったチェック体制は、突発的な対応でなく、持続的な取り組みに基づいており、普段からの健康管理、健康教育が重要であることの証左となっている。
リスクは突発的に顕在化するため、その対策の構築をゼロからスタートすることになると、すべての対応が後手に回ってしまう。リスク対策における日頃からの取り組みは、速やかかつ円滑な対応を実現するために非常に重要である。
第三に、事業所に合わせた段階的な取り組みを行ったことである。事業所に共通する取り組みは、安衛法に基づく取り組みであり、一般的な産業医や衛生管理者であれば日頃から行っているものである。
しかし、具体的な取り組みについては事業所ごとに異なる。労働者の健康水準も事業所ごとに異なり、また同じ事業所においても個々の労働者によって異なっている。さらに個人および組織としての健康管理の具体的対策について、ある事業所では初期予防とされていた対策が、別の事業所では次段階の予防対策となることもある。
小規模事業所であればこそ、労働者の健康管理を徹底し、主治医との連携を密に図り、事業者としても十分にコストをかけた対策を行うことが可能であったが、規模の大きな事業所では、そこまでのきめこまやかな対策を行うことは困難であった。
このように、一般的な予防対策はあるが、実際には事業所ごとに異なった対策を講ずる必要がある。すでに事業継続計画(以下、「BCP」という)に取り組んでいる、ある程度の規模の事業所は、BCPに基づいて、粛々と対応しているだろう。ただ、中小・零細の事業所では、対策の専門部署が継続的に組織されているわけではないので、特に今回の新型コロナウイルスのような新規の突発的な感染症については、対応が後手後手になり、取り返しがつかない状況に陥ってしまう。そのためにも、一刻も早く委託している産業医業務事業者に相談することが必要である。
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令和の働き方 部下がいる全ての人のための 働き方改革を資産形成につなげる方法
http://miraipub.jp/books/%E3%80%8C%E4%BB%A4%E5%92%8C%E3%80%8D%E3%81%AE%E5%83%8D%E3%81%8D%E6%96%B9-%E9%83%A8%E4%B8%8B%E3%81%8C%E3%81%84%E3%82%8B%E5%85%A8%E3%81%A6%E3%81%AE%E4%BA%BA%E3%81%AE%E3%81%9F%E3%82%81%E3%81%AE-%E5%83%8D/
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