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年金型生命保険の二重課税、最高裁判決の問題点 3

 札幌市豊平区の 税理士 溝江諭(みぞえさとし) です。

 
 年金型生命保険の二重課税、最高裁判決の問題点 の その3、完結編です。
 
 その1とその2は以下でご覧ください。
 
その1 http://www.ksc-kaikei.com/blog/index.cgi?no=73
   
その2 http://www.ksc-kaikei.com/blog/index.cgi?no=74
 

 
9 本件判決が今後の税制に及ぼす影響
 
 ここでは、本件判決が税制に及ぼす影響として、(1) 同様の受給者に対する救済法、(2) 相続税所得税の二重課税が及ぶ範囲に分けて見てみよう。
 
(1)同様の受給者に対する救済法
 
① 国の対応
 
 本件判決を受けて野田財務大臣が翌日の7月7日に次の発言をした(注17)。  
 
 『 まず、今般の最高裁判決については謙虚に受け止めて、そして適正に対処していきたいというふうに思います。
 そのうえで、これまでのいわゆる解釈を変更することになりますが、そういう変更をして、そして過去5年分の所得税については更正の請求を出していただいたうえで、それを経て減額の更正をするという形の対処をしていきたいというふうに思います。誠意を持って対応していきたいと思います。
 問題は5年を超える部分でございます。5年を超える部分の納税の救済については、これは制度上の対応が必要になると思います。法的な措置が必要なのか、政令改正で済むのか、これはよく子細に検討させていただきたいと思いますけれども、関係者の皆様にご迷惑をかけないように、これも対応をしていきたいと思います。 』
 
 さらに、上記の発言を受けて、国税庁は7月8日、「遺族が年金形式で受け取る生命保険金に対する所得税の課税の取消しについて」というお知らせ(注18)を載せた。
 
 『 国税庁においては、上記の方針を踏まえ、これまでの法令解釈を変更し、これにより所得税額が納めすぎとなっている方の過去5年分の所得税については、更正の請求を経て、減額更正を行い、お返しすることとなります。現在、判決に基づき、課税の対象とならない部分の算定方法などの検討を進めていますので、具体的な対応方法については、対応方法が確定しだい、国税庁ホームページや税務署の窓口などにおいて、適切に広報・周知を図っていくこととしています。
 また、過去5年分を超える納税分については、上記の方針に基づいた対応策が決まりしだい、適切に対処します。』
 
 以上のように、本件判決は、過去に本件契約と同様の年金払いを受けた受給者(以下、「類似受給者」という。)に対しても大きな影響を与えることとなった。なぜなら、本件判決により、国は取り過ぎた所得税を類似受給者へ還付せざるを得ない状況に追い込まれたためである。
 
② 更正の請求の制限期間
 
 類似受給者のうち、還付対象となる年分の所得について既に確定申告している者は、取扱いの変更を知った日の翌日から2月以内に更正の請求を行う必要がある。これは平成18年度の税制改正において、「申告後に生じた一定のやむを得ない理由がある場合の更正の請求(通23②三)」における「一定のやむを得ない理由」に、「国税庁長官の法令の解釈が裁決または判決に伴って変更され、公表された場合(通令6①五(注19))」が追加されたためである。
この更正の請求によって減額更正できる期間は、法定申告期限から5年以内に限られており(通70②)、過去6年以前分についてはこの方法で還付を受けることができない。

③ 過去5年分の還付申告
 
 類似受給者のうち、還付対象となる年分の所得について確定申告していない者は、上記の更正の請求にかえて、還付申告を行う必要がある。但し、申告できるのは、還付申告をする年分の翌年1月1日から5年間である。これは国税通則法74条1項(注20)で、還付金等の消滅時効が5年間とされているためで、過去6年以前分についてはこの方法でも還付を受けることができない。
 
④ 過去6年以前分の救済
 
 国としては、10年前の分まで還付する予定であるが、類似受給者に対する過去6年以前分の所得税の還付については、上記の更正の請求や還付申告という手続きでは救済できない。そのため、特別立法に依らざるを得ないのではないかと思われる。いずれにしろ、類似受給者に対する課税の公平に配慮した上での迅速な処置が求められる。 
 
(2) 相続税所得税の二重課税が及ぶ範囲
 
 本件判決が本論文で主張したように、「分割払いの年賦金であることを根拠として」所得税を課税できないとするものであれば、その影響範囲も本件特約と同様の年賦金に限定される。しかし、実際には「相続税所得税の二重課税である」と判示したことにより、二重課税はどこまで及ぶのかという難問を国に突きつける結果となり、その影響範囲は拡大した。
 
 この問題については、今後、課税庁内部での慎重な検討は勿論のこと、有識者による論議が待たれるが、ここでは、二重課税となりそうな代表例を列挙する。なお、以下で「所得税課税」とは、相続人に対する所得税の課税関係を意味する。
 
① 預貯金の利子
 
相続税評価額 課税時期において解約するとした場合の既経過利子 - 源泉徴収税額(評基通203)。
 
所得税課税  付利期または解約時に住民税と合わせて20%を源泉徴収。
 
② 利付公社債
 
相続税評価額 課税時期において利払期が到来していない利息のうち、課税時期現在の既経過分に相当する金額 - 源泉徴収税額(評基通197-2)。
 
所得税課税  利払時において住民税と合わせて20%を源泉徴収。
 
③ 配当金相続開始日が配当金交付基準日の翌日から株主総会決議日までの場合)
 
相続税評価額 配当期待権として、予想配当額 - 源泉徴収税額(評基通193)。
 
所得税課税  配当時に源泉徴収。
 
④ 不動産(相続開始後の譲渡の場合、相続開始時において棚卸資産又は準棚卸資産であった土地等を除く。)
 
相続税評価額 所定の評価額(評基通11、89他)。
 
所得税課税  被相続人の取得時期と取得価額を引き継ぎ(所60①一)、譲渡所得として課税。相続税の取得費加算の特例(相続税額がある場合に、相続開始日の翌日から、相続税の申告書の提出期限の翌日以後3年を経過する日までに譲渡した場合には相続税の一定額を取得費に加算すること。以下同じ。措法39①(注21))がある。
 
⑤ 書画骨とう品(相続開始後の譲渡の場合、販売業者が有するもの以外。)
 
相続税評価額 売買実例価額、精通者意見価格等を参酌して評価(評基通135-2)。
 
所得税課税  被相続人の取得時期と取得価額を引き継ぎ(所60①一)、譲渡所得として課税。相続税の取得費加算の特例あり。
 
⑥ 特許権、実用新案権、意匠権商標権(権利者が自ら特許発明を実施している場合等を除く。)
 
相続税評価額 将来受ける補償金の額の基準年利率による複利現価の額の合計額(評基通140、146、147)。
 
所得税課税  補償金を雑所得として課税。
 
 なお、特許権等を譲渡した場合は、被相続人の取得時期と取得価額を引き継ぎ(所60①一)、譲渡所得として課税。相続税の取得費加算の特例あり。
 
⑦ 著作権
 
相続税評価額 年平均印税収入の額×0.5×評価倍率(評基通148)
 
所得税課税  印税収入等にかかる源泉徴収税額。著作権使用料は事業所得または雑所得として課税。
 
 なお、著作権を譲渡した場合は、被相続人の取得時期と取得価額を引き継ぎ(所60①一)、譲渡所得として課税。相続税の取得費加算の特例あり。
 
 
 ここで、主たる問題となるのは次の点であろう。
 
① 上記①から③までは、明らかな二重課税ではないか。
 
② ⑥の補償金、⑦の印税収入の場合は、二重課税の部分を含むのではないか。
 
③ 所得税法60①一では、相続人が譲渡所得の基因となる資産相続し、その後譲渡した場合、被相続人の取得時期と取得価額を引き継ぐこととされているが、本件判決の論理によれば、譲渡益が発生した場合に、相続税の課税対象とされた経済価値のうち、被相続人の取得価額を超える部分があるとき、その超える部分は二重課税になると思われるが、はたしてそれで良いのか。
 
④ 租税特別措置法39①は、相続人が譲渡所得の基因となる資産相続し、その後譲渡した場合の相続税の取得費加算の特例だが、本件判決の論理によれば、相続税の課税対象とされた経済価値、すなわち相続時の時価が譲渡資産の譲渡原価を構成すると思われる。その場合、措法39①との整合性はどうなるのか。
 
⑤ 所得税法9①十六(現行)の非課税規定の改定も考えられる。なぜなら、相続税の負担がない場合でもこの規定により所得税非課税とすることが妥当といえるのかという根本的な問題が存在するからである。
 
 以上の諸問題を整理検討するためにはさらなる研究が必要とされる。今後の論議に期待したい。
 
 
10 本件判決が今後の行政に及ぼす影響
 
 類似受給者に対し必要とされる救済は、所得税だけに留まらない。住民税(都道府県民税と市町村民税)も対象となり、地方自治体はその還付に備えなければならない。さらに、以下に列挙するように、所得を基準として決定される「負担や負担軽減の各制度」、さらには所得制限により受給額が増減する「各福祉制度」が存在するため、税制以外の行政にもその影響は及ぶこととなる。また、本件判決が二重課税を根拠としたことにより、救済すべき対象者(以下、「救済対象者」という。)は類似受給者以外の者へも拡大する。
 
① 所得基準がある負担制度および負担の軽減制度
 
1 国民健康保険料、国民健康保険税、介護保険料(注22)
2 後期高齢者医療保険料 (注23)
3 入院時食事療養費(注24)
4 入院時生活療養費(注25)
5 高額療養費(注26)
6 高額介護合算療養費(注27)
7 保育所の保育料(注28)
8 県営住宅や市営住宅等の家賃(注29)
9 国民健康保険料の減額と減免(注30)
10 国民年金保険料の免除(注31)
 
② 所得制限がある福祉制度
 
1 特別障害者手当(注32)
2 障害児福祉手当(注32)
3 在宅重度障害者手当(注32)
4 特別児童扶養手当(注32)
5 特別障害者給付金(注33)
6 障害基礎年金(注34)
7 こども医療費助成制度(注35)
8 その他の福祉制度
   幼稚園就園奨励費補助金(注36)など
 
 上記の諸制度のうち、地方自治体所管の制度については、名称、内容が一律ではなく、地方により異なる場合もある。
 
 救済対象者は、上記のうち、国民健康保険料に関しては過去2年分につき還付請求権(注37)を持ち、国民健康保険税に関しては過去5年分につき還付請求権(注38)を持っている。その他の各制度においても救済対象者が還付請求権または受給額の増額請求権を行使できる期間が法律、条例により定められている。前記の野田財務大臣の談話ではこれらについて触れられていないため、所得税と同様にこれらの還付請求権等の行使期限を延長するのかしないのか、延長する場合の具体的手続きはどうするのかなどについては現在のところ不明であり、今後、地方自治体はその対応に苦慮することも予想される。ただその場合でも、国や地方自治体は救済措置の情報を広く国民に告知するとともに、各救済対象者に対しては公平さに十分配慮した対応が求められる。
 
 
11 本件判決の意義、通達行政からの脱却
 
 最後に、本件判決の本質的な意義をどこに見出すかについてである。ひとつは既に見てきたように、相続税所得税の二重課税に関して問題を提起した点であり、いまひとつは、国に対し、通達行政からの脱却を間接的に促している点であると考える。
課税実務において、本件年金を所得としたのは、昭和43年3月の前記個別通達による。我が国の課税は通達主義(注40)ともいわれ、憲法84条で租税法律主義が謳われているにも関わらず、国税庁通達が課税実務運用上の基準とされる場合が少なからずあり、本件判決はこれに警鐘を鳴らしたものと言える。すなわち、新たに課税しようとするならば、その要件を必ず法律で具体的に定めよということである。
 ところが、前掲の「財務省と国税庁の公開文書(注13)」によると、この意義が生かされていない。残念なことに、国は所得税法を改定することなく,通達によって課税するという悪しき「通達行政」をまたまた踏襲したと言わざるを得ない。
 政治家や租税に関係する官僚には本件判決を契機として、一層真剣に、租税法律主義の実効性を高めるための制度構築に邁進してもらいたい。もちろん、私たち税理士にもさらなる努力が求められることは言うまでもない。
 
 
 
(注17) 財務省 野田財務大臣の発言 
 http://www.mof.go.jp/mof/dan220707.pdf
 
(注18) 国税庁 「遺族が年金形式で受け取る生命保険金に対する所得税の課税の取消しについて」
 http://www.nta.go.jp/sonota/sonota/osirase/data/h22/9291/index.htm
 
(注19) 国税通則法施行令6条1項5号 更正の請求でのやむを得ない理由 「その申告、更正又は決定に係る課税標準等又は税額等の計算の基礎となつた事実に係る国税庁長官が発した通達に示されている法令の解釈その他の国税庁長官の法令の解釈が、更正又は決定に係る審査請求若しくは訴えについての裁決若しくは判決に伴つて変更され、変更後の解釈が国税庁長官により公表されたことにより、当該課税標準等又は税額等が異なることとなる取扱いを受けることとなつたことを知つたこと。」
 
(注20) 国税通則法 第74条1項 還付金等の消滅時効 「還付金等に係る国に対する請求権は、その請求をすることができる日から5年間行使しないことによつて、時効により消滅する。」
 
(注21) 国税庁 「相続税の取得費加算の特例」  
 http://www.nta.go.jp/taxanswer/joto/3267.htm
 
(注22) 札幌市 「国民健康保険料、介護保険料
 http://www.city.sapporo.jp/hoken-iryo/kokuho/fuka.html
 
(注23) 札幌市 「後期高齢者医療保険料」
 http://www.city.sapporo.jp/hoken-iryo/rouken/kokikorei_hokenryou.html#hokenryou
 
(注24、25) 社会保険庁 「入院時食事療養費」、「入院時生活療養費」
 http://www.sia.go.jp/seido/iryo/kyufu/kyufu03.htm
 
(注26、27) 社会保険庁 「高額療養費」、「高額介護合算療養費」
 http://www.sia.go.jp/seido/iryo/kyufu/kyufu06.htm
 
(注28)  札幌市 「保育所の保育料」
 http://www.city.sapporo.jp/kodomo/kosodate/doc/h22hoikuryoh.pdf
 
(注29)  北海道 「道営住宅の家賃」
 http://www.pref.hokkaido.lg.jp/kn/jtk/jtop/kannri/nyukyotop.htm
 
(注30)  札幌市 「国民健康保険料の減額と減免」
 http://www.pref.hokkaido.lg.jp/kn/jtk/jtop/kannri/nyukyotop.htm
 
(注31)  社会保険庁 「国民年金保険料の免除」
 http://www.sia.go.jp/seido/gozonji/gozonji02.htm
 
(注32) 愛知県 「特別障害者手当、障害児福祉手当、在宅重度障害者手当、特別児童扶養手当」
 http://www.pref.aichi.jp/shogai/04shougaisha/teate/index.html#tokushou
 
(注33)  社会保険庁 「特別障害者給付金」
 http://www.sia.go.jp/seido/tokubetu/0311.htm
 
(注34)  社会保険庁 「障害基礎年金
 http://www.sia.go.jp/seido/nenkin/shikumi/shikumi03.htm
 
(注35)  札幌市 「こども医療費助成制度」
 http://www.city.sapporo.jp/hoken-iryo/iryojosei/nyuyoji.html
 
(注36)  函館市 「幼稚園就園奨励費補助金」
 http://www.hakodate-hkd.ed.jp/gakkyo/help/syuen.html
 
(注37)  国民健康保険法 第110条 「保険料その他この法律の規定による徴収金を徴収し、又はその還付を受ける権利及び保険給付を受ける権利は、2年を経過したときは、時効によつて消滅する。」
 
(注38)  地方税法18条の3 「地方団体の徴収金の過誤納により生ずる地方団体に対する請求権及びこの法律の規定による還付金に係る地方団体に対する請求権(以下第20条の9において「還付金に係る債権」という。)は、その請求をすることができる日から5年を経過したときは、時効により消滅する。」
 
(注39)  平成9年11月5日行政改革会議第35回会議議事概要の(6) 国税庁問題に次の記述が見られる。「課税が通達主義になっているのが問題である。現在、課税非課税のボーダーラインが税務職員の裁量によって決まっているという問題があるが、法律化すれば税制が簡素になり、課税の可否が明確になるのではないか。」
 
 
※ 最後までお読み頂き、ありがとうございました。溝江


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          札幌学院大学 客員教授 税務会計論担当(学部)
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